サン・キュロット
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サン・キュロット(sans-culotte)とは、フランス語で「キュロットを穿かないひと」というような意味。主に職人など労働者を指す。
キュロットとは半ズボンのことで、当時貴族の間で流行っていた服装であったが、庶民のファッションではなかったため、貴族が庶民を馬鹿にして「サン・キュロット」と呼んだ。これに対し、労働者は不公平な身分制度に反対する意味をこめて、自分たちをこう呼んだ。
彼らは重税に苦しんでいたが、参政権は持っていなかった。そのこともあり、フランス革命はサン・キュロットにも支持されていた。バスティーユ牢獄を襲撃した7月14日事件(バスティーユ襲撃)など初期の革命は彼らによって主導されていた。
彼らが起こした運動が議会に圧力をかけ、革命にも影響を与えたが、1790年代後半になると徐々に衰退し、ブルジョワにその地位を奪われた。
参政権を持たなかったこと、ブルジョワ主導の国民議会によって革命の趨向が決められて行ったことが、本来の民衆革命から、ブルジョワ革命へと変質し、サン・キュロットの勢力を弱体化させて行った原因となったのである。