ビジネスモデル特許
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ビジネスモデル特許(-とっきょ)は、広義では、ビジネス方法に係る発明に与えられる特許全般を指すが、一般にはより狭義の、コンピュータ・ソフトウエアを使ったビジネス方法に係る発明に与えられる特許という意味で用いられる。
このようなビジネス方法に係る発明は「ビジネス関連発明」または「ビジネスモデルに関する発明」等と呼ばれ、それに与えられる特許は、「ビジネスモデル特許」、「ビジネス方法特許」または「ビジネスの方法に関する特許」等とも呼ばれるが、以下、本項においてはそれぞれを「ビジネス関連発明」、「ビジネス方法特許」という。
なお、「ビジネス方法特許」等の特別な呼び方はされるものの、ビジネス関連発明に与えられる特許は通常の特許と何ら変わらないものであり、ビジネス方法に特別な種類の保護を与える法制度が存在するわけではない。
ビジネス関連発明は、国際特許分類 (IPC) でG06F 17/60、米国特許分類(USC)で705に分類されることが多い。
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[編集] 概要
1998年7月の米国でのステートストリートバンク事件の判決において「ビジネス方法であるからといって直ちに特許にならないとは言えない」ことが判示された。これにより、ビジネス方法であっても特許となりうることが明確になり、さらには純粋なビジネス方法でも特許になるとの誤解が生まれたことから、米国でビジネス関連発明の出願が急増した。日本においても、この事件の動向に関する報道により、米国に若干遅れて、1999年には約4,100件だったこの分野の出願が2000年には約5倍の約19,600件になるほどの出願の急増を招いた。[1]
また、当時は、ビジネス関連発明に対する各国特許庁の体制が充分に整えられておらず、何が特許になるのかが明確に示されなかったことや、特に米国でありふれたビジネス方法に特許が付与された例があったこと等が、無制限な出願に拍車をかけた。
その後、2000年以降になると、行政の体制が徐々に整えられるとともに、一般にも純粋なビジネス方法が特許になるわけではないことが認識されるようになった。特許庁の統計によると、ブーム期のビジネス関連発明の拒絶査定率は約92%に達し、出願の多くは特許として成立しなかった。また、米国特許庁においても、審査の厳格化により、ビジネス関連発明の特許率は20%弱にまで低下してきている。[2]
特許庁では、「ビジネス関連発明に対する審査状況をみると、特許になる割合が他の分野に比べて極めて低い状況が続いており、2003年~2005年では8%前後に留まっています。・・・これらのとおり、ビジネス関連発明においては、審査・審判を通じて権利化される出願の比率がきわめて低い状況が続いていることから、今後は審査請求の必要性を慎重に吟味することが望まれます。」とコメントしている。[3]
このような状況の変化を受け、ビジネス関連発明の大量出願のブームは沈静化しているが、現在でも、一定量の出願が行われている。特に、デジタルコンテンツ取引、広告、マーケティングに関連する分野の出願の割合は伸びている。[4]
[編集] ビジネス方法特許の特許性の判断基準
発明が特許になるかどうかの判断(特許性の判断)は、特許法に基づいて行われる。特許法においては、特にビジネス方法特許のために設けられた規定はないが、コンピュータ・ソフトウエアが利用されるようになる以前から、ビジネス方法に関して発明の成立性等を論点とした裁判例や特許庁における審決が蓄積されている。また、特許庁では、審査における特許性の判断基準を明確にするために、特許・実用新案審査基準を作成しているが、発明の成立性等の基準については、上記の裁判例等を踏まえたものとなっている。
たとえば、発明の成立性の例については、審決取消請求事件(平成17年(行ケ)第10698号)平成18年09月26日 知的財産高等裁判所 において、『本願発明の「ポイント管理方法」として,コンピュータを使ったものが想定されるものの,ソフトウエアがコンピュータに読み込まれることにより,ソフトウエアとハードウエア資源とが協働した具体的手段によって,使用目的に応じた情報の演算又は加工を実現することにより,使用目的に応じた特有の情報処理装置の動作方法を把握し得るだけの記載はない』として、審査基準に照らしても、自然法則を利用した 技術的思想の創作であるとは認められないと判断された。
また、一般会計の貸借対照表に関する実用新案権侵害差止等請求事件(平成14年(ワ)第5502号)東京地裁平成15年1月20日判決においては、『上記本件考案は,専ら,一定の経済法則ないし会計法則を利用した人間の精神活動そのものを対象とする創作であり,自然法則を利用した創作ということはできない』として、本質的な考案の特徴部分に自然法則に基づく技術的な構成が含まれていないから、実用新案権は成立せず、差止請求の権利行使を認めないと判断された。
同様の例として、特許3023658号(婚礼引き出物の贈呈方法)は、平成13年4月18日に特許庁審判部において取消決定がなされ、同6月11日に権利が消滅している。
2000年には、「特定技術分野の審査基準」として「コンピュータ・ソフトウエア関連発明」についての審査基準が加えられた。今日問題となっているビジネス方法特許は、ビジネス方法をコンピュータ・ソフトウエアによってシステム化した発明に関するものであるから、その審査は、通常の審査基準とこの「コンピュータ・ソフトウエア関連発明」についての基準に則って行われると考えてよい。この基準では、取引の形態や、商取引の方法など、ビジネスの手法のみに主眼が置かれ、コンピュータ・ソフトウエアなどの技術的な部分に特徴がないものは、発明の要件を満たさないとされている。基準の詳細については、ソフトウェア特許参照。
[編集] ビジネス方法特許が無効とされた例
コンピュータを利用した狭義でのビジネス方法特許についての裁判例は数少ない。日本航空が全日空を訴えたことで話題になった特許第3179409号・特許第3400447号(チケット予約システム)の侵害訴訟は、無効審判により権利範囲が狭まったことが原因で、日本航空が損害賠償請求を放棄するに至った。
このように、ビジネス関連発明において特許が取り消されたり、無効審判の過程で権利が減縮されるのは、従来の技術が特許文献や学術論文といった形で存在しておらず、審査終了後に当事者等によって新たにカタログ等の資料が提出され判断が覆ることが最大の原因である。このため、三極特許庁の共同研究でも指摘されているように、特許庁には審査資料の充実等が求められるとともに、関係企業や一般公衆には、米国において盛んに行われているように、審査資料を提出すること等で、より適切な判断がされるように寄与することが求められている。[5][6]
なお、一部では特許庁が付与した特許が無効審判において高い確率で無効とされることが問題視されている。しかしながら、年間に約10万件の特許が成立するのに対して、そのうち無効審判が請求されるのはわずかに数百件程度であって(これに対して、拒絶査定に対する不服審判は、年間2万件以上提起されている。)、実際には多くの特許が無効になっているとは言いにくい。[7][8]
ステートストリートバンク事件で脚光を浴びた「ハブ及びスポーク金融サービス構成のためのデータ処理システム」(通称「ハブ・アンド・スポーク事件」)は、日本にも特願平4-507889号として出願されていた。しかし、平成13年に拒絶査定され、平成16年8月に拒絶査定不服審判事件において特許を受けることが出来ない旨の審決がなされた。これによって、大きな反響を呼んだビジネスモデル特許は、日本においては特許になることはなかった。
[編集] ビジネスモデル特許と競争政策
ビジネス方法等の新たな分野においては広範な特許が付与されることが多いが、このような広範な特許が付与されると、その分野の産業の健全な発展が妨げられる可能性がある。公正取引委員会では、このような特許について、独占禁止法上問題となる行為には、厳正な対処が必要であるとの見解を示している。[9][10]
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ ビジネス方法の特許について
- ^ The USPTO’s Spring 2006 Business Methods Partnership Meeting
- ^ ビジネス関連発明の最近の動向について
- ^ 特許庁・特許出願技術動向調査報告(電子商取引)
- ^ ビジネス方法関連発明の三極共同サーチ・プロジェクト報告書の概要
- ^ 米電子フロンティア財団、“ワンクリック特許”などの無効キャンペーン
- ^ 無効な知的財産権が増加する懸念と制度的対応の重要性
- ^ 特許は高い確率で事後的に無効になる
- ^ 新たな分野における特許と競争政策に関する研究会報告書について(公正取引委員会)
- ^ 無効な知的財産権が増加する懸念と制度的対応の重要性