ヴィルヘルミナ (オランダ女王)
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ヴィルヘルミナ(オランダ女王) |
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先代: ヴィレム3世 |
オランダ君主 1890年-1948年 |
次代: ユリアナ |
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父 | ヴィレム3世 | ||
母 | エンマ |
ヴィルヘルミナ(Wilhelmina Helena Pauline Maria, 1880年8月31日 - 1962年11月28日、在位:1890年 - 1948年)はオランダ女王。オランダ国王ヴィレム3世と後妻であるエンマの長女で、1948年に娘のユリアナに譲位するまで58年にわたり在位した。
1890年、父ヴィレム3世は死去。まだ10歳であったヴィルヘルミナ王女(ヴィレム3世には前妻の間に3人の王子がいたがいずれも夭折)に王位が継承され、女王として即位した。その間の摂政は母エンマ王太后が務めた。1898年、女王の成人で王太后は摂政の座を退き、彼女は親政を開始した。ここからオランダは女王の時代を迎えることになる。1901年、女王はメクレンブルク公ハインリヒと結婚。1909年、女王唯一の子であるユリアナを出産した。死産と流産を繰り返したため、育ったのはユリアナ一人である。
20世紀初頭、国内では反革命党・自由党・社会党の対立があった。辛くも中立を守った第一次世界大戦後には、ナチ的な国民社会党と共産党・自由党の対立が激化した。
1940年、ナチス・ドイツ軍がオランダを侵略し、ヴィルヘルミナ女王はじめ王族や政府はイギリスへ亡命した。その地で亡命政府を樹立し、女王はラジオに通じて国民に語りかけた。1945年、ドイツは敗北し、女王一家は本国に帰還を果たして、もう一度国を立て直した。だが、17世紀以来の植民地であったインドネシアが独立した1948年、ヴィルヘルミナ女王は戴冠50年を期してユリアナに王位を譲り、1962年にその生涯の幕を閉じた。