ノート:九条の会
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反戦左派グループ?
Nikkonuhさんは、こちらの編集において「反戦左派グループ」という表現に戻されていますが、梅原猛を「左派」に類別できる基準というものは、どのようなものでしょうか? 梅原を左派と呼ぶ言説は寡聞にして知りません。そのように読んだ用例があるでしょうか? 「九条の会」は、同会が旧来の「左派」に限定されない人物を擁していること(と、その背景にある時代情勢)を抜きに説明できないと考えますが、Nikkonuhさんは「九条の会呼びかけ人」イコール「左派」と規定しているのでしょうか。立場を明らかにしてもらえないでしょうか。「呼びかけ人の面々から明らか(Nikkonuhさん)」とはとうていいえません。私にとってはむしろ、驚きの面子ですしね。--Iosif 2006年9月14日 (木) 19:46 (UTC)
梅原がどうのこうのよりもこのグループの呼びかけは「不戦を誓った日本国憲法第9条を変えるな、変えさせるな”」。グループとしては「反戦左派グループ」を否定する理由なし。Nikkonuh 2006年9月14日 (木) 19:55 (UTC)
- 「9条を変えるな」は「左派グループ」規定の十分条件なのですか? 自由民主党には左派グループが浸透しているのですか?--Iosif 2006年9月14日 (木) 20:00 (UTC)
「9条を変えろ」なら「中道派グループ」かな?
「自由民主党には左派グループが浸透しているのですか?」
何が言いたいのです?Nikkonuh 2006年9月14日 (木) 20:08 (UTC)
- Nikkonuhさんへ:念のために言うとNikkonuhさんによるこちらの記事要約欄における暴言はIosifが当ノート・トップ(2006年9月14日 (木) 19:46 (UTC))に書き込んだあとであることをお認めになりますか? ノートは確認せず、書かれているわけがないと考えて罵言を用いましたか? それ以前に、問題と感じる点があって「ノートで議論せい」と書きながら、ご自身はどうしてノート上で提起なさらなかったのでしょうか? Peace系諸アカウントのスタイルを真似られたのでしょうか。けっこうたくさん質問してしまいましたが、お話の前提として必要であると思います。ぜひともお答えください。--Iosif 2006年9月14日 (木) 20:14 (UTC)
- 編集競合のために変なことになってしまったので順に並べました。
- >「9条を変えろ」なら「中道派グループ」かな?
- これも初耳です。梅原を左派と呼んだ人、そのような用例を耳にしたことがないのでご紹介ください。9条を変えろと主張するのが「中道派」と規定するというのも初耳ですが、そのような用例がどれほどあるのか教えてください。--Iosif 2006年9月14日 (木) 20:20 (UTC)
9条を変えろと主張するグループは一般的に「右派」「中道」「左派」どれに分類されますか?素直に考え素直に編集してくださいな。Nikkonuh 2006年9月14日 (木) 20:32 (UTC)
リベラルな人々が大半を占めており、主張からも「おもに反戦左派の人々がメンバーの中心となっている。」という編集ははっきりと事実でしょう。左派は政治的な位置を示すもので、悪罵ではありませんので、消す必要は無いものですね。主張なメンバーの中に梅原のように左派とは看做しにくい人物も存在するという編集は可能でしょう。125.30.65.217 2006年9月23日 (土) 14:03 (UTC)
左派・右派の両方が中心人物(呼びかけ人)である、という事実を歪めないで下さい。それと、「おもに」「中心となっている」とは、日本語話者として相当恥ずかしい文章であると思いますが。また、支援団体としても関連項目としても社民党・共産党を挙げることは不適切と言わざるを得ません。賛同しているということと支援しているということは全く別です。 -- NiKe 2006年10月4日 (水) 10:08 (UTC)
呼びかけ人が右派・左派両方が含まれているとしても、主たる呼びかけ人は反戦、左派で間違いないでしょう。それにいわゆる「自発的な」(○○)九条の会(○○)といった会の構成員はほとんどが左派であることは明白でしょう。そういった人間から、右派と呼ばれる人間が支持されるでしょうかね。そもそも、「またアジア諸国に多大の惨禍を及ぼした」という発想は左派の考えではないでしょうか?それから対米追従、という表記がありますが、日本国憲法自体GHQの指導の元に作成されており、現行憲法を守る方が対米追従ではないですか?—以上の署名の無いコメントは、202.209.152.38(会話・履歴・whois)氏が[2006年10月31日 (火) 10:04 (UTC)]に投稿したものです((五)による付記)。
- 「右派」「左派」というのをどう定義するかにもよるのですが、仮に「主たる呼び掛け人が反戦左派」であったとしても、「一般に右派と見做されている人物が呼び掛け人に含まれている事実」を否定する理由はありません。また、会を結成する方針上に対立がなければ、「右派と呼ばれる人物」がこのような運動から拒絶される理由もありません。むしろ、運動を行なう上で理念が一致していれば、大いに歓迎されるでしょう。運動を推進する上では、幅広い人達からの支持を集められることは大きな merit になるからです。
- 『そもそも、「またアジア諸国に多大の惨禍を及ぼした」という発想は左派の考えではないでしょうか?』とのことですが、例えば、いわゆる「右寄り」の思想のなかでも「国粋主義(民族主義)」と「帝国主義」とは必ずしも一致しません。ですので、「国や民族を愛する」「天皇を崇拝する」ということと「帝国主義的戦争を恥じる」ということとは矛盾しません(自らの民族性を愛することと他の国や地域の民族性を尊重することとは矛盾しないからです)。「民族自決思想」の一環として「米国追従の政策に反対する」という行動もまたあり得ます。逆に、「左派」がすなわち「反戦」というわけではありません(いわゆる「極左テロ集団」の存在が象徴的ですし、それに限らず極左集団は(建前はどうあれ)一般に好戦的です)。立場としては「反戦右派」も「好戦左派」もありうるのです。行動の一面のみをもって「右派」「左派」とレッテルを貼り付けることには意味がありません。
- 「対米追従」の件については、現憲法制定時と現在とで米国の政策が大きく転換している事実(これは「逆コース」として知られています)を見落としています。
- なお、この項目は「九条の会」について述べたもので、それに賛同して結成された「○○九条の会」「九条の会○○」といった団体について述べたものではありません。また、そのような賛同団体がどのような人達で構成されているかによって「九条の会」そのものの性質を規定しようとするのは、本末転倒であり無意味です。--(五) 2006年10月31日 (火) 13:55 (UTC) 一部修正 --(五) 2006年10月31日 (火) 14:10 (UTC)