人工歯根
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人工歯根(じんこうしこん)とは、歯の欠損したあと、歯の機能を代用させる目的で顎骨に埋め込む人工的な物質(現在ではチタンが多く使われる)。人工歯という言葉は古くから義歯などに用いられるプラスティクあるいはセラミックの歯型を指すものとして使われていたため、この言葉が使われるようになった。英語のdental-implantの訳語でデンタルインプラントとも呼ばれ、更に一般には単にインプラントと略称される場合も多い。人工歯根を手術的に顎骨に植えて、創治癒を待った後にその上に人工歯冠;上部構造をつける一連の治療を、インプラント治療と呼び、ブリッジや入れ歯と違って、天然歯の状態により近い機能・形態の回復が得られ、また周囲の歯を削ったり、それらに負担をかける必要がないため、インプラント治療を受ける人は近年、激増している。
現在、実用に供されている人工臓器の中では、最も完成度の高いものであると考えられる。
インプラント治療にはしっかりした顎骨が必要なため、歯周病などで歯槽骨が破壊されている人は、顎骨のほかの部分や、腰などから骨を移植して、人工歯根を埋め込む土台となる骨を構築する手術を勧める向きもあるが、その中長期的予後については何のエビデンスも得られていないのが現状である。 骨髄に含まれる幹細胞からの歯槽骨再生がすでに実用化されていかのように宣伝する向きもあるが、現状では半ば空想の産物であると考えたほうが妥当である。
[編集] 人工歯根のメリット、デメリット
人工歯根のメリットには、以下のようなものがある
- 天然歯のように顎の骨に固定するので、違和感がなく固いものを噛むことができるようになる
- 隣の歯を削る必要がなく、他の歯に負担をかけない。
- 見た目が天然歯に近い。
デメリットとしては
- 歯槽骨を切削する必要があり、稀に術後の後遺症を起こすことがある。
- 全身疾患がある場合には治療できない場合がある。
- 骨から体外に直結する構造のため、天然の歯周組織と比べやや感染の危険性が高くなる。従って人工歯根を維持するためには、口腔衛生の管理と定期的な検診が必要となる。
- 日本では健康保険の適用対象外であり、世界的にも医療保険でカバーされる国はない。
自由診療(保険外診療)となるので、現状ではかなり多額の治療費がかかり、社会的には健康面における国民の2極分化を拡大する懸念は存在する。 インプラントが骨性癒着するという点を欠点であるとする向きもあるが、実際には利点でもあり、功罪半ばするというのが適切である。 すなわち、天然歯は骨のなかに歯根膜によりハンモック状に吊されており、生理的に動揺するだけでなく継続的に弱い力が加われば移動する。ブリッジの支台とする場合などは多かれ少なかれこの生理的動揺を利用しているわけだが、そのため天然歯は長期的には大きな位置移動や傾斜を起こし、これを放置すれば、咬合性外傷・歯周疾患の増悪などの機序を通じて、歯列の全面的崩壊に至る危険すらある。 インプラントにはそれがなく、また被圧変位も少ない。このため天然歯と同様に、十分な調整がなされていない場合,長期的にみると周囲の天然歯との位置関係の不調和,関節など顎全体の不調和の原因となる可能性も否定できない。
[編集] 人工歯根の歴史
失った歯を人工材料で補う試みは古くから行われてきた。上顎骨に鉄製のインプラントが埋まった紀元2世紀から3世紀の古代ローマ時代の人骨が発見されており、このことはすでにインプラント治療が試みられていたことを示している。日本においても16世紀の木製の総義歯が残っており、すり減り具合からこの義歯が長年使用したことが推測されている。
1952年スウェーデンのプローネマルクによって、チタンが骨と結合することが発見され、しっかりと骨に結合するインプラント治療が可能になった。動物実験を経て、1962年から人間にインプラント治療が行われるようになった。その後、骨再生誘導療法などが開発され、歯槽骨の再生により、多くの患者に適合するインプラント治療が可能になった。
[編集] 人工歯根の課題
現在でも骨組織の再生はある程度できるが、天然歯根の周りにある歯根膜を再生することができない。歯根膜は噛む力の感知の役割を果たす感覚器でもあり、歯根膜のない人工歯根は、咬合機能圧に対する挙動が本来の歯のものとは異なっている。天然歯とインプラントを長期に並存させようとする場合に不具合が生じることがありうる。すでに動揺し咀嚼機能を失った天然歯の保存をいたずらに図るあまり、歯周組織破壊の進行をを極限まで放置して、インプラント治療が可能な機会をみすみす逸するケースも多く見受けられる。この点は、現在の歯科医師側の認識を改める必要がある。
現在のチタン製インプラントは生体適合性も強く、天然歯の機能をほぼ完全に代替するものである。これに代り将来再生医療の進歩により臨床応用可能な歯牙の再生が可能になるとする向きもあるが、これは何の根拠もない空想である。
インプラント治療は現在の日本においては健康保険の適用外であり、多額の医療費が患者負担となるが、現在急速なコストダウンの努力が行われており、コストパフォーマンスにおいても近い将来、従来型のいわゆる保存・ぺリオ治療に優越することが認められる時期が迫っている。
また懸念されることは、歯科医師の過剰および20世紀型歯科治療における診療報酬の減少により、新しくインプラント治療を始める歯科医師も多く、手術の技術、経験、経過観察などのレベル差が大きい。またインプラント材料を供給しているメーカーにおいても同様であり、経験、アフターサービスのレベルに大きな格差があるため、医療市場の透明性を高め、市場原理による淘汰に任せるべきである。 現段階で一定レベルの資格また許可基準の早期設定を望むという向きもあるが、愚かな意見である。いたずらに自らの仕事を増やしたいばかりの厚生官僚の介入を招き、市場を歪めるばかりであり、これはぜひとも避けることが望ましい。