呉権
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呉権(ごけん、ベトナム語: Ngô Quyền、ゴ・クエン、897年 - 944年)は、ベトナム呉朝の建国者で、前呉王と称された。若くして楊廷芸の下で将軍に任ぜられた。楊廷芸が矯公羨のために殺されると、呉権は938年12月に愛州で挙兵して、矯公羨を討った。矯公羨は南漢に救援を求めた。南漢は万王劉洪操を静海節度使に任じて、兵を発し、矯公羨を救援させた。劉洪操は水軍を率いてベトナムに侵攻したが、このときすでに矯公羨は呉権に殺されていた。呉権は劉洪操の侵攻を聞いて白藤江で迎撃し、これを大いに破った。その後、呉権は王を称した。944年、世を去った。
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