回転準位
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回転準位(かいてんじゅんい:rotational state)は量子力学において、分子の重心の移動を伴わない回転運動を現わす量子状態である。回転準位間の遷移を回転遷移と呼び、多くの場合、気相におけるマイクロ波(特に、テラヘルツ波、サブミリ波、ミリ波)分光法を用いて観測される。
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[編集] 2原子剛体回転子の回転準位
二原子分子の回転運動に関して考える。今、分子を重心からr1及びr2離れたm1およびm2の質量の質点から構成されるとする。この二質点の距離が固定された剛体と仮定する。(剛体回転子)
この系において、慣性モーメントIは、
である。r1、r2は重心からの距離なので、m1r1 = m2r2である。よって、換算質量
を使うと慣性モーメントは
と書ける。上の式から、この系の運動はある中心軸に対して質量μの物体の回転運動と同じであることがわかる
- L = Iω
であり、回転運動のエネルギーは
となる。 以上の古典力学による類推から、量子力学において使われる極座標の角運動量演算子(Angular momentum operator)を導入すると
回転運動のハミルトニアン演算子は
で現わされる。直線形の剛体はφθで記述できるので、波動関数はY(φ,θ)と記される。時間変化を含まないシュレディンガー方程式
つまり
と現わされる。この式において
とおけば、「水素原子におけるシュレーディンガー方程式の解」で出てくる式(2.5)と同じ式になる。解法は「水素原子におけるシュレーディンガー方程式の解(しかしこの項目は、書きかけである)」に任せるが、Y(φ,θ)の解として、球面調和関数
が得られる。はルジャンドル陪関数。有限な値を得るためには、
でなければならない。よって、回転運動のエネルギーEは
となる。ここで、
で、Bは回転定数とよばれる。つまり、Jによって回転エネルギーE=0, 2B, 6B, 12BというBの整数倍のとびとびの値を持つようになる(量子化される)。同じJを与えるときに、mjはエネルギーの値を変えないので、量子状態としては同じエネルギーの状態がmjの個数(2J+1</math>、縮退していることになる。
[編集] 多原子分子の回転準位
- 直線分子
- 対称こま分子
- 非対称こま分子
[編集] 回転遷移
回転準位間の遷移を回転遷移という。回転遷移は非弾性衝突(衝突遷移)や、ある共鳴条件に一致した周波数の電磁波を吸収・放射(光学遷移)することにって起こる。マイクロ波分光による回転状態の観測は、電磁波の周波数を走査することにより共鳴条件に一致する周波数を探し、回転遷移をみつけることで行う。
[編集] 光学遷移の選択律
[編集] 回転遷移の共鳴周波数
- 二原子分子・直線分子
二原子分子(または直線分子)の回転準位のエネルギーは
- E = 0(J = 0),2B(J = 1),6B(J = 2),12B(J = 3)...
である。光学遷移の選択律は
なので、遷移の共鳴エネルギーは
となる。つまり、二原子分子または直線分子では、回転遷移の共鳴周波数は精確に2Bごとの間隔で現れる。
[編集] 回転状態観測による分子構造の決定
回転準位のエネルギーは慣性モーメントによって決まるために、分子内の分子構造に対して特有の値をもつ。回転遷移を観測することで、慣性モーメント(直線分子にのおいては一つ、対称コマ分子については2つ、非対称コマ分子については3つ)を決定することができる。それにより、完成モーメントの数だけの自由度(たとえば、直線分子では全ての粒子の質量が既知の時の原子間距離)を決定することができる。また、回転遷移の選択律は、分子の配向の対称性によって決まるので、これも分子構造決定の情報となる。
以上のような情報とさらに量子化学計算を併用すると、原子数の少ない分子や対称性の高い分子については、かなり精確に分子構造を決定することができる。しかしながら、有機分子や生体分子に見られるような、原子数が多く対称性の低い分子については、違った分子が同じような回転遷移をもつことがあり、構造の決定が困難な場合が多い。
たとえば、これまで、電波望遠鏡による回転遷移観測により、多数の分子が発見され、その分子構造が同定されてきた。(星間物質のリスト)しかし、2003年にY.-J.Kuanが同定したグリシン[1]は、27本もの回転遷移を観測し、精確に慣性モーメントが求められているにもかかわらず、その他の多くの分子の遷移と区別が付かないために、現在ではそれらの遷移がグリシンによるものであるという説に疑い[2]がもたれている。
このように、分子構造が決定できない場合、炭素や水素の同位体置換物質を用いて、分子構造決定の助けにする場合がある。同位体置換しても、分子構造はほとんど変わらないが、質量が変わるために慣性モーメントが変わる。よって、同位体置換物資の回転準位の観測は分子構造を決定する新たな情報となる。
[編集] 関連項目
- Rotational transition(english wikipedia)
- 量子力学
- 分光法
- 電波天文学
- 分子構造
- 慣性モーメント
- 回転運動
- 星間物質のリスト
- 量子状態
- 水素原子におけるシュレーディンガー方程式の解
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