捨て奸
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捨て奸(すてがまり)とは戦国時代に九州の戦国大名島津氏により用いられた戦法の一つ。関が原の合戦の退却時に敵中突破の手段として島津義弘が用いたことで知られている。(島津の退き口)。座禅陣とも言われる。
『殿(しんがり)の兵を逃走する道筋に沿って、数人づつ点々と銃を持った狙撃手として伏せさせておき、追ってくる敵軍の指揮官を狙撃する。 狙撃後は槍で敵軍に突撃する。 こうして時間稼ぎをする間に本隊を撤退させる。』 という戦法であるが、狙撃手はまさに置き捨てであり生還する可能性がほとんど無い壮絶な戦法である。 銃の装備率が高く、射撃の腕も良く、さらに勇猛果敢な島津勢だからこそ効果的な運用が可能なこの戦法は、 前述の関ヶ原退却時に1,000に満たない兵力で70,000~80,000とも言われる東軍の追っ手を振りきり(最終的には80余名にまで減っていたが)義弘を落ちのびらせることに成功した。 この追撃戦で追っ手の松平忠吉と井伊直政は重傷を負い、直政はこのとき受けた傷がもとで死に至ったと言われる。
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