断熱近似
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断熱近似(Adiabatic approximation, Born-Oppenheimer approximation)とは、原子核の動きに対し電子が即座に追随できるとした近似。カー・パリネロ法においては、この近似が成り立っていることが大前提である。現実の化学反応等では、断熱近似が成り立たない場合もある。(非断熱遷移)
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扱う系において、原子の原子核と周りを回る電子全体のハミルトニアンをHとし、原子核部分をHnc、電子部分をHelとすると、
であり、全体のハミルトニアンHに対する固有関数をΦとして、
とする。Ψは電子部分の固有関数、φは原子核部分の固有関数である。r は電子の位置座標、R は原子核の位置座標である。以上から、
- (ここでφは R にしか依らないので、
)
となる。Eel は電子部分の固有値。ここで問題となるのは、上式右辺の第二項で、ハミルトニアン Hnc は、
であり(MIは原子核の質量、I は原子核を表す指標)、ポテンシャルUはΨ、φに対して可換であるが、第一項は演算子であり、またΨは R にも依るから、∇2(Ψφ)の部分に着目すると、
が得られる。ここで、∇はナブラを参照。上式で右辺第二項が非断熱項の非対角部分、第三項が非断熱項の対角部分である(第一項は原子核に関しての断熱項)。非断熱項は1/MIのオーダー(MI:原子核の質量)であり、電子部分の1/mのオーダー(m:電子の質量←陽子のおよそ1800分の1の質量)の数千から数万分の一の寄与しかない。
ボルン-オッペンハイマー近似と断熱近似は厳密には違いがあり、非断熱項全てを無視するのがボルン‐オッペンハイマー近似[1]であり、非断熱項の非対角部分のみを無視するのが断熱近似である。しかし、非断熱項の対角部分の計算も現実には大変困難であり、実際に行われることはあまりない。また、ボルン‐オッペンハイマー近似と断熱近似が、ほぼ同義のものとして扱われることも多い。
非断熱項が関係するものとして、電子格子相互作用がある。関連する用語として、ボルン‐オッペンハイマーポテンシャル曲面、断熱ポテンシャル曲面(単に断熱ポテンシャル面とも言う)がある。
[編集] 参考文献
[1] M. Born and J. R. Oppenheimer, Ann. Phys. 84, (1927) 457.