源公忠
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源公忠(みなもとのきんただ、寛平元年(889年) - 天暦2年10月29日(948年12月7日))は、平安時代中期の公家・歌人。父は光孝天皇の子源国紀(みなもとのくにのり)。子に公忠と同じく三十六歌仙の一人である源信明(みなもとのさねあきら)がいる。三十六歌仙の一人。
醍醐天皇・朱雀天皇の下で蔵人をつとめ、その後従四位下右大弁に至った。歌合や屏風歌で活躍し、紀貫之からは辞世の歌を贈られた。香道や鷹狩に優れていた。「大和物語」・「大鏡」に逸話が残されている。