舞事
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舞事(まい-ごと)とは、能楽において、主として一曲の能や狂言の後半部分にシテ、ツレ、ワキが囃子のみによって演じる抽象的な所作(舞)をいう。
能においては、囃子に用いる楽器の構成から、笛・小鼓・大鼓から成る大小物と、太鼓の加わる太鼓物に大別することができる。また地に用いる笛の譜によって、呂中干ノ地ものとそれ以外の特殊な舞事に分ける分類方法もある。以下、笛の譜による分類に従いながらくわしく述べてゆく。
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[編集] 呂中干ノ地
呂中干ノ地ものは、調子や段の構成によって、序之舞、真之序之舞、中之舞、早舞、黄鐘早舞、男舞、神舞、急之舞、破之舞に区分される。
- 中之舞
- 呂中干ノ地ものの基本形式とされるのが中之舞で、四段五節(現在では三段四節の省略形式が一般的)からなり、シテにかぎらず曲によってさまざまな役が舞い、特に固有の性格というものも持たず、囃子の構成(大小か太鼓入りか)や曲趣、役柄によってそれぞれに仕分ける。
- 序之舞・真之序之舞
- 中之舞に序とよばれる段がつけくわえられ五段となったのが序之舞であり、女体や老人のシテが閑寂かつ幽玄に舞うものとされる。「羽衣」のような太鼓入りと「江口」「井筒」のような大小物とがあるが、大小序之舞はあらゆる舞事のなかでももっとも位取りを重く、静かに舞うものとされる。序之舞の序の数を増やしたものが真之序之舞で、これは「老松」のような老体の脇能に限り、運びが停滞しないようにさらさらと演じることを旨とする。
- 破之舞
- 破之舞は序之舞や中之舞のあとに付けくわえられる舞事で「松風」や「羽衣」にその例が見られる。
- 早舞・黄鐘早舞
- 早舞は五段からなるが現在では三段に略されることが一般的で、かならず太鼓入りに限られる。初段のオロシ以降が盤渉調になるのが特色で、調子が早く、あかるくのびのびと舞い、「融」のような貴公子の遊舞ものや、「海士」のような成仏の喜びをあらわす舞事に用いる。これを黄鐘調で奏するのが黄鐘早舞で、通常の早舞よりも鬼や幽霊のつよさが勝ったさまを表現する。黄鐘早舞は「松虫」のような曲のほか、早舞ものを脇能として演ずる際に用いられる。
- 男舞
- 男舞は「盛久」など現在物の武士が颯爽と舞う舞事で、必ず大小ものに限る。構成は流儀によって四段もしくは五段と異なるが、現在では三段に略することが多い。
- 神舞
- 急之舞
- 急之舞は呂中干ノ地もののなかではもっとも調子がはやい舞で、神舞の替に用いられるほかには「道成寺」にあるのみである。
- 特殊なもの
- 以上のほか、特殊な舞事として、「雪」の雪踏之拍子に用いられる盤渉序之舞、があり、さらに流儀によっては神舞のなかでも特に調子のはやい「高砂」「弓八幡」の二曲を真之神舞として独立して扱うこともある。
[編集] 独自の譜によるもの
呂中干ノ地以外の笛の譜による舞事としては楽、神楽、鞨鼓、乱、獅子、乱拍子があり、これらはそれぞれ異なった固有の笛の譜によって舞われる。
- 楽・盤渉楽
- 神楽
- 神楽は巫女(「巻絹」)や女体の神(「三輪」)が舞うもので実際の神楽を模してつくられており、かならず太鼓入りで奏し、前半では笛と小鼓が特殊な手を奏する。
- 鞨鼓
- 鞨鼓は「自然居士」など遊芸者のシテが鞨鼓を打ちながら舞う舞事で、大小物に限り、三段から構成される。
- 乱
- 乱には猩々乱と鷺乱の二種があり、それぞれ当該曲のみに限られる特殊な舞である。猩々乱は太鼓入りで、調子の緩急が激しく、流れ足などの特殊な型を用いるところに特色がある。
- 獅子
- 乱拍子
- 乱拍子は現在「道成寺」にしかない特殊な舞事で、小鼓のみによって特殊な足づかいで舞う。乱、獅子、乱拍子の三つは各流ともきわめて重い習いとして扱われる。
[編集] 狂言舞事
狂言の舞事として、三段之舞、楽、神楽、鞨鼓がある。三段之舞は中之舞を、楽は能の楽を、それぞれ模した舞事で、性格はおのおの中之舞・楽に準じ、太鼓入りで奏し、「二人袴」(三段之舞)、「唐相撲」(楽)などで用いられる。鞨鼓は能の鞨鼓と同じもので、狂言ではシテが最後のほうに曲芸的な様を見せる型がついている。神楽は能の神楽とは別の舞事で、「大般若」のように鈴を持って舞う巫女の舞事を笛と小鼓で囃すものであり、三番叟の鈴之段を模している。