郷中
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郷中(ごうじゅう、ごじゅう)は、薩摩藩の武士階級子弟の教育法。
似たものに会津藩の「什」がある。
教育の内容は
- 武士道の義を実践せよ
- 心身を鍛錬せよ
- 嘘を言うな
- 負けるな
- 弱いものいじめをするな
- 質実剛健たれ
などからなる。
4-5町四方を単位とする「方限(ほうぎり)」を基盤として、そこに含まれる区画や集落に居住する青少年を
- 小稚児(こちご、6-10歳)
- 長稚児(おせちご、11-15歳)
- 二才(にせ、15-25歳)
- 長老(おせんし、妻帯した先輩)
の4つのグループに編成したもの。
それぞれのグループで「頭(かしら)」(稚児頭、二才頭など)が選ばれ、頭は郷中での生活の一切を監督し、その責任を負った。
郷中のメンバーは「舎」(健児の舎)に集まり武術や学問に励んだ。
なお、イギリスで郷中が研究され、ボーイスカウト制度のもとになったという俗説もあるが、そのような事実はない。(会津藩の什や白虎隊がボーイスカウトの起源とする同様の俗説もあるが、これも誤りである)
明治維新で武士階級は消滅したが、舎は存続した。現在の鹿児島県では、青少年の社会教育の場として機能している舎は少なくなっている。
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