黒い山葡萄原人
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黒い山葡萄原人(くろいやまぶどうげんじん)、俗称ニダピテクス(Nidapithecus)は、北朝鮮の科学番組によれば、平壌の大同江流域で類人猿の次に誕生した"原人"とされる。化石の存否は別として、現在ではそれに対する北朝鮮の科学番組の主張は遺伝学的[1]、古人類学的[2]に完全に否定されている。代表的な偽科学の一種である。
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[編集] 概要
北朝鮮の科学者の一部が、北朝鮮北部より世界最古の原人の骨を発見したと発表、「黒い山葡萄原人」と名付けた。この原人は人類の起源であるとされ、朝鮮民族は他の場所から移り住んだのではなく、人類発祥の時から朝鮮半島で代々進化してきたという主張がなされた。
しかしその根拠が明らかにされていないため、信憑性は皆無である。また、現在ではホモサピエンスは単一の起源をもつと考えられている[3]ため、北朝鮮の主張は科学的にありえないとされる。なぜならばこの主張が正しい場合、朝鮮民族はホモ・サピエンス・サピエンスではないことになるからである。この主張を額面どおりに受け取った場合、朝鮮民族がホモ・サピエンス・サピエンスに外形的、知能的に酷似しているのは収斂進化ということになる[4]が、なぜ両者の間での交配が可能なのかという生物学的説明がつかない。北朝鮮の側もどれだけ本気でこれを主張しているのかは不明である。全くのジョークの可能性も否定は出来ず[5]、実際北朝鮮の誰一人としてこれ以降この種の発言はしていない。
このことが日本で知られるようになったのは、2004年に、この原人を紹介した北朝鮮の「科学番組」をテレビ朝日系列の番組である『ビートたけしのTVタックル』が取り上げてからである。
日本の嫌韓、嫌朝的右派の間ではこの仮説を流用して『チョーセン人は人間ではない。』という発言がなされることがあるが、この場合前記のホモサピエンス単一起源説の知識を背景としているのは明らかである。ホモ・サピエンス・サピエンスに属する全ての個体というのが人間の定義であるため、この学説に従えば朝鮮民族は人間ではないことになるのは事実である。[6]猶一部の2ちゃんねらーの間ではこの原人は『ニダピテクス(Nidapithecus)』とも呼ばれている[7]が、無論正式な学名ではない。[8]
[編集] 朝鮮半島に生息した原人
黒い山葡萄原人に対する北朝鮮側の主張は論外として、朝鮮半島から地理的に近い北京にはホモ・エレクトゥスの一亜種である北京原人が生息していた。その為北京原人が朝鮮にも生息していた可能性はある。北朝鮮の番組が発表した化石が北京原人であるという可能性も否定できない。因みに日本の嫌中派の間では俗説として『シナ人は北京原人の子孫』というものがある。
[編集] この説に従った場合の朝鮮民族の分岐学的位置
この説明では原人を類人猿の次の段階と位置づけているが、正確には原人は猿人の次の段階[9]であり、ホモ属である[10]。よって北朝鮮の用語“原人”を額面どおりに解釈した場合、この黒い山葡萄原人はおそらくホモ・エレクトゥス系の原人であるため、そこから進化した朝鮮民族はホモ属に属する人類の同属異種となる。
対して用語としての誤りであるとし、北朝鮮の指す“原人”とは実は猿人の事であるとした場合、朝鮮民族はアウストラロピテクス属の段階で人類から枝分かれしたことになり、ホモ属とは別個にアジアに向かった猿人の子孫が朝鮮半島に定住し朝鮮民族となったことになる。
最後に、これまでの説明では朝鮮民族はヒト亜科に属することを前提とし、即ちアフリカで発生した最初の猿人の子孫であることは自明としてきたが、北朝鮮の科学番組がこのとき主張した『朝鮮民族はこの場所で発生した』という文言を重視した場合、朝鮮人の祖先である黒い山葡萄原人は朝鮮半島若しくは其の周辺に生息していた類人猿から独自に分岐したものであって、ヒト亜科に属する他の猿人とは類縁関係にないことになる。この場合朝鮮民族はヒト科には属するものの、ヒト亜科ではない別の亜科を形成することになるだろう。チンパンジー亜科で東アジアに生息していたのはギガントピテクスのみであり、これが黒い山葡萄原人の先祖である可能性が必然的に強くなる。ヒト科でない他の類人猿から進化したという可能性も考えられる。
いずれにせよ北朝鮮側の主張した学説に沿えば、朝鮮民族はホモ・サピエンスではないことになってしまい、両者の交雑が可能であること[11]が説明できない[12]。またホモ・サピエンス・サピエンスの拡散の過程でホモ・エレクトゥスやネアンデルタール人などは滅ぼされたのに、なぜ朝鮮民族だけが生き残ったのかも説明できない。この学説は極めて高い確率で偽科学であると判断できる。
[編集] 科学的に承認された朝鮮民族の起源
旧石器時代後期にはすでに朝鮮半島に現代人ホモ・サピエンス・サピエンスが出現しており、この種族を基層として周辺地域の住民との通婚や移動などが繰り返された結果、朝鮮民族が形成されたと考えられている。無論朝鮮民族はホモ・サピエンス・サピエンスの中の一個体群であり、中国人や日本人、モンゴル人などと近縁の個体群である。
[編集] 注釈
- ^ 朝鮮人は日本人、中国人などと遺伝的類似性が高く、その遺伝的パターンは完全に現生人類ホモ・サピエンス・サピエンスの遺伝子パターンの範囲内にある。
- ^ 朝鮮人の頭骨はホモ・サピエンス・サピエンスのそれであり、日本人や中国人などと同様のモンゴロイド的特徴を示している。
- ^ ホモ・サピエンス・イダルツがボトルネック現象で一部を除いて淘汰され、生き残った個体群がホモ・サピエンス・サピエンスに進化し、後に全世界に広まったとされている。
- ^ 収斂進化だとしても通常ここまで酷似することはなく、重要な形質の内一つ以上は必ずと言っていいほど差異を見せる。有袋類のオーストラリアでの収斂進化も参考の事。
- ^ 北朝鮮の教育課程では通常の進化論が教授されており、現在までの所この新説が教授されているとの情報は皆無である。北朝鮮にこれを信ずる人がいるとしても、精々『義経はチンギス・ハーンだ。』程度の俗説であると思われる。
- ^ 他人種・他民族を人間でなく猿に近いとする俗説は広く見られた。例としては奴隷制時代のアメリカ人の間で流行った黒人をゴリラに近いとする説、開拓時代のオーストラリアに流布したアボリジニーをサルと人とのミッシングリンクであるとした説などがある。
- ^ 朝鮮語の助動詞『ニダ(nida)』+猿を表すラテン語『ピテクス(pithecus)』による造語、『ニダ』という言葉は元来朝鮮人を表す際に広く使われてきたが、現在の電脳空間では多くの場合対象を蔑むニュアンスを附して使われる。
- ^ そもそも学名とは種名と属名がセットになっていなければいけないが、ニダピテクスという名前は其のうち片方しか満たしておらず(~ピテクスという名前は属名に使われるのが普通であるため、ニダピテクスも属名と解釈するのが普通だろうが)、形式的にも学名の要件を満たしていない。
- ^ 200万年前に東アフリカに生息したホモ・ハピリスが最初の原人であり、猿人であるアウストラロピテクス・アフリカヌスから進化したとされる。
- ^ 分類上の定義としてはホモ・ハピリスと其の子孫全体の中で現生人類の属する種ホモ・サピエンスとネアンデルタール人を除く全ての種を原人としている。
- ^ 朝鮮民族と他の民族・人種との混血は現在まで無数に確認されている。
- ^ 生物学的な種の定義としては交雑して繁殖力のある子孫を残せるか否かである。イヌ属の分類のように例外や境界線も多いが、朝鮮人と非朝鮮人との間には生殖前隔離も生殖後隔離も全くないため、亜種のレベルでも他の人種・民族と同じグループに属していることは明白であり、別種であるとの解釈は成り立たない。
[編集] 関連項目
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