カーミラ
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『カーミラ』 (Carmilla) は、アイルランド人作家ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュが1872年に著した怪奇小説、およびその作中に登場する女吸血鬼の名前。
目次 |
[編集] 概要
吸血鬼伝承は古くからヨーロッパ各地にあり、またフィクション作品としても『The Vampyre』(1819)などが本作以前にあるため、本作が吸血鬼作品の祖というわけではない。しかし後に吸血鬼作品の代名詞的存在にまでなる『ドラキュラ』(1897)に多大な影響を与えたのは確かで、本作はドラキュラの祖という評価がなされる。
本作における吸血鬼の造形は、アイルランドの吸血鬼伝承が基になっており、貴族的、美形、棺桶で眠る、心臓に杭を打たれて死ぬ、などの特徴はドラキュラに引き継がれ、以降の吸血鬼作品の定番となった。逆にドラキュラとの違いでは、太陽光線を浴びても平気である、賛美歌を聴くと身体が震えて動けなくなる、といった点がある。
また本作に登場する吸血鬼が女性であることも特徴的で、発表された当時では女性の吸血鬼は珍しかった。そしてこの女吸血鬼がターゲットとする相手も全て女性であり、レズビアニズム溢れる作品になっている。しかし本作は主人公ローラの手記を通して物語が紡がれる形式であるため、語り手の品格によって性描写は上品に抑えられている。
吸血鬼作品の代表作に数えられる本作だが、『ドラキュラ』や『ノスフェラトゥ』が幾度も映画化されたにも関わらず、『カーミラ』を扱った映画は数える程しか無く、それらに比べてマイナーな存在になっている。これは『ドラキュラ』が純然たるゴシック・ホラーであるのに対し、『カーミラ』は同じゴシック・ホラーであるものの、ホラーよりもサスペンスや対人関係に重きを置き、ややソフトな形態を採っている事が影響していると思われる。また20世紀初頭から隆盛を誇ったモダニズム文学の波に飲まれ、長らく再評価されてこなかったことも影響している。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
[編集] あらすじ
本作は主人公ローラが19歳の頃(8年前)に起きた話を、回想して手記にしたためたという形式で展開される。
[編集] プロローグ
ローラはオーストリアのシュタイアーマルク(英:スチリア)という自然豊かな土地で、幼い頃に母を亡くし、父と城に暮らしていた。父娘の他に城に住むのは少数の奉公人たちだけで、最も近い村まで7マイルも離れているという陸の孤島だった。そのため、たまに遊びに行ったり客が遠くからやってきたりする時以外、彼女は一人で寂しく過ごしていた。
ローラは幼い頃に不思議な体験をする。ある晩一人で眠っていた時にふと目を覚ますと、部屋の中に見知らぬ美しい女性がいたのだ。女性はローラのベッドへ入り、ローラを優しく抱きしめる。幼いローラはそのまま眠るが、眠った途端胸を刺されたような痛みが走り、飛び起きて泣き喚く。声を聞きつけて女中らがやってくるが、ベッドの下へ逃げた女性はいくら探しても出てこず、それでいて女性がベッドに居たという痕跡は残っていた。周囲はどうにかローラを安心させようと苦心するが、ローラは安心出来ないまま気が滅入り、しばらく塞ぎ込みがちになる。
[編集] カーミラとの再会
それからしばらく経ったある夏の日から話は始まる。近所に住み親交のあるスピエルドルフ将軍からローラの父へ手紙が届くが、その内容はローラが友になるべく心待ちにしていた将軍の姪が死亡したことを告げるものだった。将軍は姪をわが子のように溺愛しており、その死に関する経過と結果から乱心している様子で、また怪物の調査と撲滅を行うという不得要領な決意が手紙に書かれていた。
心待ちにしていた未だ見ぬ少女の死と将軍の乱心に対し、城の前でローラが考えを巡らせていると、突然暴走した馬車がやってくる。馬車は菩提樹の木にぶつかり横転し、中から気絶した美しい少女が運び出される。馬車に同乗していた少女の母を称する貴族然としたこれまた美しい女性は、急ぎの旅の途中であるため倒れた少女をどこかへ預けたいと言い出す。しかし城に近い人里には宿がなく、またローラが寂しさを紛らわす相手を欲しがったため、少女はローラの住む城で預かることになる。そして少女の母はローラの父に、少女の体が弱いことと神経質なことを話し、自分たちの素性を探らないよう念を押して去ってゆく。
気絶していた少女は城へ運ばれると間もなく目を覚まし、無事を確認したローラは真っ先に少女に会いに行く。しかしその少女と面と向かったローラは、少女がかつて夜中に現れた女性と瓜二つであることに驚く。驚きで声を失ったローラに対し、少女は「12年前に夢の中で会ってからその顔を忘れたことはなかった」と言い、ローラも「12年前に夢の中でも現実でも会ってからその顔を忘れたことはなかった」と返す。少女は夢の中で会っただけだと、ローラの記憶とは異なる見解を示すが、ローラは少女に魅了され疑問や反発はどこかへいってしまう。
その日からローラは少女と共に生活をするようになる。ローラは少女に惚れ込むが、少女にはいくつかの不思議な点があった。
- 寝る時は部屋に鍵をかけ、部屋に他人が居たまま寝ることを拒絶する。
- ローラの父が少女の母から念を押された通り、体が弱く神経質で、素性は家柄が良いことと名をカーミラということ以外、決して明かさない。
- 度々ローラに愛撫のような過剰なスキンシップをしながら愛を語るが、その文言は生死に関わるものばかりである。
- 起きてくるのは毎日正午を過ぎた昼日中で、食事はチョコレートを1杯飲むだけ。
- 葬列に伴う賛美歌に異常な嫌悪感を表し、気絶しないようにするのが精一杯な感じで体を震わせる。
- 城へ来た旅芸人から錐や針に例えられるほど、鋭く細長い歯をしている。
またカーミラが現れてから、城周辺の村で異変が起きる。城の近くに住む何人かの女性が、幽霊を見たといった後に体の調子が悪くなり相次いで死亡し、熱病の流行が噂されるようになったのだ。そしてカーミラの部屋に面した窓の下に、夜中幽霊が現れるという噂も流れる。また、煤などで汚れそれまで見ることが出来なかった肖像画の一枚が、1世紀以上前に死んだカルンスタイン伯爵夫人の肖像画で、伯爵夫人はカーミラに瓜二つで、ほくろの位置まで一致していた。
絵画が発見された晩、ローラは夢の中で黒猫のような動物に襲われ、胸を2本の針を刺されたような痛みを覚え飛び起きる。すると部屋の中には黒い服を着た女がおり、恐怖で動けないローラの前からゆっくりと移動し、ドアを開けて出てゆく。しかし即座にドアの鍵を調べても、鍵は寝る時同様かかったままで、ローラは言い知れない恐怖を感じる。そしてこの晩以降、ローラは毎朝目を覚ます度に、だるいような体の不調を覚え、徐々に体調が悪化してゆくことになる。
[編集] カーミラの真実
その後ローラは医者の診察を受け、喉の下に青い痣が見つかる。ローラは熱病とされる不思議な病気が蔓延しているという噂もあるため、体調が悪いのはそれに罹患しているのではないかと不安がるが、ローラの父はスピエルドルフ将軍が戻ってくる旨の手紙を受け取り、1日2日で良くなるとローラに言い聞かせ、カルンスタインの城跡へ行くことを決める。カーミラが起き出すより前にローラらは馬車でカルンスタインへ向かい、途中で将軍に出会う。馬車に同乗した将軍の顔には悲しみと怒りが表れており、3ヶ月前に亡くした姪の敵討ちをするという。
馬車の中で将軍は滔々と姪が死に至ることになった話を語り出す。それはかつて行われた仮面舞踏会で出会った不思議な美しい母娘に関するものだった。ミラーカと呼ばれる娘は将軍の姪を気に入った様子で親しげに話し込み、伯爵夫人と呼ばれる母も仮面で顔を隠したまま将軍とは既知の仲であるとして話し込む。やがて黒服の紳士に何事かを告げられた伯爵夫人は、急な長旅に出かなければならないと言い出す。そしてミラーカの体調が万全でないため連れて行けないという伯爵夫人と、ミラーカを客として呼びたいという姪に説得され、将軍はミラーカを一時預かることにする。
その日から将軍と姪はミラーカと共に生活をするようになるが、ミラーカにはいくつかの不思議な点があった。まず起きてくるのは毎日正午を過ぎた昼日中であった。また寝る時は部屋に鍵をかけているが、時々部屋に鍵がかかったまま、夢遊病者のように外をふらつくことがあった。そして将軍の姪は悪夢にうなされ、首筋に2本の針を刺されたような痛みを覚え、体調が日に日に悪くなってゆく。ローラはカーミラと再会してからの日々が、姪とミラーカが過ごした日々と奇妙なまでに一致していることに気付く。そして将軍にミラーカのことを聞けば聞くほど、カーミラとクセや特徴が一致していることがわかる。
やがて一行はカルンスタインの礼拝堂がある城跡へ到着し、そこで将軍は1世紀以上前に亡くなっているカルンスタイン伯爵夫人のマーカラに会ったことを明かす。そしてカルンスタインが廃村のようになっている理由を地元の木こりに聞くと、かつて吸血鬼騒動が起きたのだという。吸血鬼の群れに手を焼いていた村人は、通りがかったモラヴィアの貴人に助力を乞い、彼は吸血鬼を退治する。そして彼はマーカラの墓を移す権限を得るが、マーカラの墓についての詳細はその後不明となる。
将軍は話を再開し、姪を医者に診てもらった際のことを語りだす。将軍の姪は喉の下に吸血鬼特有の歯による刺し傷と、血を吸われた際に付く青い痣があった。将軍は姪が吸血鬼に襲われているという診断を信じなかったが、念のため姪が寝ているところを陰から見守ることにする。するとその晩、寝ている姪に黒い何かが襲い掛かるところを目撃し、将軍は刀を手に追い払おうとする。しかし黒い何かがミラーカであるとわかったものの、ミラーカは将軍の攻撃をかわし、消えてしまう。そして姪はそのまま弱っていき、その日のうちに事切れる。
姪の最期を聞き気落ちしている一行だが、突然そこにカーミラが現れ礼拝堂へ入ってこようとする。将軍はカーミラの姿を認めるとすぐに斧を手に襲い掛かるが、あっさりとかわされ、逆にカーミラの力強い細腕で首を絞められてしまう。そして将軍が痛さに耐えかね斧を手から落とすと、同時にカーミラはそこから消えてしまう。カーミラが消えて間もなく、今度は男爵と呼ばれる老人が礼拝堂へ入ってくる。将軍は男爵を歓迎し、男爵の持ってきた地図のようなものを手がかりに、所在不明だったカルンスタイン伯爵夫人マーカラの墓碑を発見する。一行は一旦城へ帰るが、その日カーミラが再び姿を現すことはなかった。
[編集] エピローグ
翌日、カルンスタインの礼拝堂で吸血鬼退治の儀式が行われる。伯爵夫人マーカラの墓を暴くと、そこにはミラーカともカーミラとも呼ばれた、美しい女の姿があった。鉛の棺には大量の血がたまっており、死んでいるハズなのに生命活動をしていた。そして吸血鬼だと認められたそれは古式の通り、心臓に尖った杭を打ち込まれ、首を切り落とされ、燃やされて灰になり、その灰は川に流された。
そしてローラは後日談を語る。それは伯爵夫人の墓を探し当てるのに功績のあった男爵、ヴォルデンベルグの話だった。彼は吸血鬼に関する専門家であり、彼の話したところによれば、吸血鬼には以下のような共通する特徴があるという。
- 毎日一定の時間に墓から出て、また墓へ戻ってゆく。
- 大抵の場合は対象を殺して血を吸うだけだが、特定の相手に対しては恋に落ちたような振る舞いをし取り付く。
- 元の身分に縛られている。即ち今回の例で言えば、生前の名はマーカラ (Mircalla) 、将軍の前ではミラーカ (Millarca) 、ローラの前ではカーミラ (Carmilla) と、全てアナグラムになっており構成する文字自体は変化していない。
- 吸血鬼はまず悪事を働き自殺した者から生まれる。そして寝ている人間を襲い、襲われた人間も死後吸血鬼になる。
- 握力が強いのみならず、握られた箇所が痺れてしまう。
またヴォルデンベルグ男爵は、モラヴィアの貴人と伯爵夫人に関する真実を話す。貴人は男爵の祖先で、生前の伯爵夫人の恋人だった。そして伯爵夫人の死に疑問を抱き、吸血鬼に関する研究をして得た結論は、伯爵夫人は吸血鬼に襲われて死んだというものだった。伯爵夫人が吸血鬼として蘇りやがて酷い方法で退治されるだろうことを嫌った貴人は、吸血鬼退治に絡んで伯爵夫人の墓を隠す。しかし後にその処置を悔やみ、墓を示した注釈付きの絵図を用意する。ところがいざ行動に移そうというところで貴人は亡くなり、しばらく経って子孫である男爵がその任を受け継いだのだった。
[編集] 謎解き
本作は回想手記形式であり、その主体であるローラが当時まだ未成熟であったため、父や将軍よりも理解力に劣っているという描写がなされる。そのため、ローラの父は時折確信めいた言動をするがその推理などが披露される場面は殆どなく、淡々とローラの身の回りの出来事ばかりが書かれている。
従って作中で明示された謎は、マーカラ、ミラーカ、カーミラが同一の存在であるということ、将軍の姪やローラが体調を悪くする原因はその女吸血鬼によるということ、程度に留まる。一方暗示的には、カーミラが近在の女性を襲って殺していたこと、夜中部屋を抜け出していたことなどが示されている。
また、カーミラの母の存在やローラに対する情熱の真意、どのようにして密室状態の部屋を出入りしたり姿を消したりしていたのか、お守りに関する話など、作中では明かされない残された謎もある。
[編集] 訳書リスト
- 吸血鬼カーミラ(訳:平井呈一、創元推理文庫) ISBN 4-488-50601-1
- カーミラだけでなく7篇の短編が収録されている。原著に忠実な訳本。
- 女吸血鬼カーミラ(訳:中尾明、フォア文庫) ISBN 4-265-01085-7
- 小学校高学年~中学生向けのジュブナイル形式へ大幅にアレンジされている。
- 吸血鬼カーミラ(訳:百々佑利子、集英社 子どものための世界文学の森35) ISBN 4-08-274035-X
- 小学生向けのジュブナイル形式へ大幅にアレンジされている。ローラのカーミラに対する好意が強調されている。
[編集] 映画化作品
- 「バンパイア・ラヴァーズ」 1971年 監督:ロイ・ウォード・ベイカー 出演:イングリッド・ピット、ピーター・カッシング
- ほぼ原作を忠実に再現した映画。ただ、ローラが将軍の姪で既に死亡している所やカーミラに襲われた少女達も吸血鬼に変貌するのが原作と異なる。カーミラ役にイングリッド・ピット、将軍役にピーター・カッシングを起用している。