吸血鬼
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吸血鬼(きゅうけつき)は、民話や伝説に登場する架空の存在で、ヒトや動物の血を吸う怪物。多くのフィクションにおいて題材として取り上げられてきた。一般に吸血鬼は、一度死んだ人がなんらかの理由により不死者としてよみがえったものと考えられている。現代の吸血鬼・ヴァンパイアのイメージは東ヨーロッパの伝承に起源をもつものが強い。吸血鬼の伝承は世界各地で見られ、ヨーロッパのヴァンパイアに加え、アラビアのグール、中国のキョンシー等がある。この場合、吸血鬼という名称がもちいられているが、人間の血を吸う行為はすべての吸血鬼伝承に共通するものではない。吸血鬼の個体としてはドラキュラが有名。
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[編集] 民間伝承の中の吸血鬼
古くから血液は生命の根源であると考えられており、死者が血を渇望するという考えも古い。例えば古代ギリシャに書かれたオデュッセイアでは、オデュッセウスが降霊の儀式を行う際に生け贄の子羊の新鮮な血を用いるくだりがある。このようなイメージが吸血鬼を生み出したと考えられる。
吸血鬼伝承の形態は、すべての民間伝承がそうであるように地域や時代によって一定しないが、一度は葬られた死者が、ある程度の肉体性を持って夜間活動し、人間・家畜・家屋などに害悪を与えるという点では、おおむね一致している。
吸血鬼の姿は生前のままであるか、もしくはぶよぶよした血の塊のようなものであるとされることが多い。両者とも、一定の期間を経れば完全な人間になるとされることもある。また、さまざまな姿に変身することが出来るとされるのが一般的である。吸血鬼は、小さな虫に変身する、ねずみに変身する、霧に変身するなどの手段を用いて棺の隙間や小さな穴から抜け出し、真夜中から夜明けまでの間に活動するものとされた。棺の蓋を開けて抜け出すものとは考えられていない。また、地域によって異なるが、特定の月齢や曜日、キリスト教の祭日などの日には活動できないとされる場合が多い。
死者が吸血鬼となる理由には、生前犯罪を犯した、信仰に反する行為をした、惨殺された、事故死した、自殺した、魔女であった、人狼であった、葬儀に不備があった、何らかの悔いを現世に残している、死者の上を猫やその他の動物が横切った、などの例が挙げられる。また、これらの理由以外にも、まったく不可解な理由によって吸血鬼になることもあるとされた。そのため吸血鬼の存在が強く信じられた地方では、墓に大量の黍を捲く、にんにくを置く、茨を置く、一定期間墓の周りで火を焚き続ける、などの予防措置がほぼ全ての死者に対して行なわれた。
吸血鬼がその活動によって与える害悪としては、眼を見る・名前を呼ぶ・何らかの方法により血や生気を吸うなどの手段により人を殺す、家畜を殺したり病気にする、家屋を揺さぶる、生前の妻と同衾し子供を産ませるなどの例が一般的である。また、吸血鬼と人間との間に生まれた子供は、吸血鬼を発見・退治する特別な能力を持つと信じられる場合が多い。
[編集] ヨーロッパの吸血鬼伝承
ヨーロッパにおいて吸血鬼伝承の多くが残る地域はバルカン半島のスラブ人地域であるが、伝承そのものは、西はほぼヨーロッパ全土に存在し、東はアナトリア半島・カフカス・ボルガ河沿岸地域にまで確認することが出来る。
スラブの人々は4世紀ごろには既に吸血鬼の存在を信じていた。スラブの民話によると、吸血鬼は血を飲み、銀を恐れる(ただし銀によって殺すことはできない)とされた。また首を切断して死体の足の間に置いたり、心臓に木の杭を打ち付けることで吸血鬼を殺すことができると考えていた。
現在の吸血鬼に対する考え方は古代ルーマニアから続いているものである。古代ルーマニアは古来からの宗教や文化が、キリスト教やスラブ民族と混ざりあう過程を経験した。異なる宗教と文化における矛盾、外からの人々の流入により新たな疫病が持ち込まれ不可思議な死が増加したことに対する答えとして吸血鬼伝承が生まれたと考えられている。この民話では吸血鬼によって殺された者は吸血鬼として復活することになっており、何らかの手段で殺されるまで新たな吸血鬼を増殖させることになる。この段階では吸血鬼は知性のない動物のような悪魔として扱われている。
カトリック教会地域における吸血鬼伝承は12世紀ごろから急激に消滅し、それ以降「夜間活動する死者」の伝承は、肉体性をまったく持たないもの、すなわち日本語で言う幽霊のようなものへと変化している。キリストの復活を重視するローマ教会としては、それ以外の死者の復活を許容できなかった。また、東欧やバルカン半島においては、吸血鬼伝承は人狼・魔女・夢魔・怪鳥などの伝承と融合し区別が難しい場合がある。
永遠の若さや他の力をもつとされるのはビクトリア朝時代に入ってからである。現在の吸血鬼の多くは、不老不死で知性的な、多くの不思議な力を持つ者として描かれる。吸血鬼は霧、オオカミあるいはコウモリに変身することができるとされる。他人の心を支配することができる場合もある吸血鬼は悪しき者で魂を持たないため、鏡に映らないとされる。
[編集] 吸血鬼退治
吸血鬼の存在を信じていた人々にとっては現実に差し迫った脅威であり、とくに農村部などにおいては、不可解な事件が発生した際に、多くの吸血鬼退治が現実に行なわれた。この吸血鬼退治は、ごくわずかではあるが20世紀になってからも行なわれたことが資料によって確認されている。
具体的な退治方法としては、首を切り落とす、心臓に杭を打つ、死体を燃やし灰を川へ捨てる、銀の銃弾もしくは呪文を刻んだ銃弾で撃つ、などの方法が挙げられる。また、葬儀をやり直す、死体を聖水やワインで洗う、呪文などを用いて壜や水差しに封じ込める、などの死体を損壊しない方法がとられることもあった。生きている人間が吸血鬼として処刑された例がまったく無いわけではないが、これらはきわめてごく稀な例外である。
また、吸血鬼を発見し退治する特殊能力を持った人間の存在が広く信じられており、実際に吸血鬼退治を職業もしくは副業としていたものも存在した。
吸血鬼退治は、聖俗の両権力から不当に死体を損壊する不道徳な行為であると考えていたらしく、吸血鬼退治に関する禁令が出ることもしばしばであり、少なくとも近世以降は、吸血鬼という概念は知識階層にはあまり真に受けられるものではなくなっていたことがうかがえる。また、西欧における聖俗両権力による大規模な魔女狩りのような、大規模な吸血鬼退治は発生していない。ただし農村部などでは、農民の反発を恐れた地方領主や役人が吸血鬼退治を看過することはとくに珍しいことではなく、禁令はたいていの場合無視されている。
[編集] 現代の吸血鬼のイメージ
伝承によって吸血鬼の姿は様々であるが、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』が人気を博し、さらにこれを元にして映画が多数作られた。「ドラキュラ」が吸血鬼のイメージに強い影響を及ぼしている。
一般的に以下の特徴のうち幾つかを持つと言われている。彼らの弱点においてはキリスト教において神聖視されたものが多い。
- 燕尾服もしくはテールコートにシルクハットを被り、襟の立った表地が黒で裏地が赤のマントを羽織り、翻している古典的なヨーロッパ貴族のような姿が広く有名である。
- 赤ワインや薔薇が血液の比喩として用いられる事がある。
- 太陽の光にあたると灰になってしまう。
- 白木の杭を心臓に打ち込めば死亡する。
- 銀の武器を使えば傷付けることができる(鉄の武器では傷付けられない)。
- 十字架やニンニクに弱い。
- 川などの流れる水を越える事ができない(空を飛ぶ動物に変身していたり、橋やボート等があれば別)。
- 鏡に映らない。
- 初めて訪問した家では、その家人に招かれなければ侵入できない。
- コウモリ、狼、霧などに変身出来る。
- 吸血鬼に血を吸われ死んだ人や、吸血鬼の血液が体内に入った人は、吸血鬼になる。
- いわゆる始祖、オリジナルと称される最初の吸血鬼は感染によって吸血鬼となった者より強力で特に日光に対して強い場合が多い。
[編集] フィクションモチーフとしての吸血鬼
- 作品リストについては吸血鬼を題材にした作品の一覧を参照。
18世紀以降、多くの東欧の吸血鬼伝承及び事件が、西欧に伝えられ始める。これらの伝承や事件は既に低価格化していた出版物によって、一般の間でも流行した。吸血鬼の頻繁な活動が報告された17世紀から18世紀の間は未だ医学が十分に発達しておらず、疫病や迷信のはびこる時代でもあった。そのため不可解な死、カタレプシーや仮死状態からの甦生などが伝承化された。これらの伝承や事件の中には事実として報じられたものもあるが、現代の怪談や幽霊話と同様、信用するに足らないものであった。
文学的モチーフとしての吸血鬼は、バイロンの主治医ポリドリの作でバイロン作と伝えられた"Vinpire"を嚆矢とする。(この作品についてのエピソードはメアリー・シェリーの項を参照)。19世紀末から20世紀初頭にはブラム・ストーカーのヴラド・ツェペシュをモチーフとした「ドラキュラ」と、それを原作とするユニヴァーサル映画などの映像化によってそのイメージを確立することとなる。他にカーミラ、ノスフェラトゥなどが固有名として有名である。血液で湯浴みをしたバートリ・エルジェーベト(エリザベート・バートリー)やジル・ド・レイも吸血鬼のモチーフに使われる実在した人物である。
従来ホラーやエロ・グロの文脈で扱われてきた吸血鬼に対して、悲劇のイメージが加えられたのは、萩尾望都「ポーの一族」やアン・ライス「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」以降のことであり、ホラーからコメディまでさまざまな要素を加えながら、現在も吸血鬼文学の系譜は拡大を続けている。また、吸血鬼の属性がフィクションとしてのゾンビ、キョンシー像成立に多大な影響を与えた。
[編集] 吸血鬼と呼ばれた実在の犯罪者
- ペーター・キュルテン(デュッセルドルフ の吸血鬼)
- フリッツ・ハールマン(ハノーヴァーの吸血鬼)
- ジョン・ヘイ(ロンドンの吸血鬼)
[編集] 関連項目
[編集] 関連書
- 『吸血鬼幻想』種村季弘 河出文庫 126A 河出書房新社 ISBN 4309400469
- 『スラヴ吸血鬼伝説考』 栗原成郎 河出書房新社 ISBN 4309006965
- 『吸血鬼伝承―「生ける死体」の民俗学』平賀英一郎 中公新書 中央公論新社 ISBN 4121015614
- 『ヴァンパイア―吸血鬼伝説の系譜』Truth In Fantasy 森野 たくみ 新紀元社 ISBN 4883172961
- 『吸血鬼伝説』「知の再発見」双書 ジャン マリニー(Jean Marigny) 中村健一 訳 創元社 ISBN 4422210882
- 『ヴァンパイアと屍体 死と埋葬のフォークロア』ポール・バーバー 野村美紀子 訳 ISBN 4-87502-184-4
- 『図解吸血鬼』森瀬繚 新紀元社 ISBN 4775304801