クラーク空軍基地
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クラーク空軍基地(-べいぐんきち、Clark Air Base)は、フィリピンルソン島のパンパンガ州アンヘレス近くにあったアメリカ空軍の基地。1903年~1991年まで、その軍事施設は使用された。翌年、アメリカの軍人がフィリピンを去った後、基地はフィリピンのクラーク経済特別区(CSEZ)に変換された。
基地は1942年、第二次世界大戦の間に日本軍に占領されたが、3ヶ月間に及ぶ激しい戦いの後、1945年1月にアメリカ軍により取り戻された。1975年のベトナム戦争時は重要な出撃地の1つであった。ピークは1990年頃で、15,000人もの人口を抱え、学校、レストラン、映画館、百貨店、ホテル、ゴルフ場、放送局などの施設が完備され、商業エリアと住宅エリアとに分かれていた。
1947年3月14日、アメリカとフィリピンは2046年までクラーク空軍基地の使用を規定した軍事基地協定にサインした。ところが、1991年ピナトゥボ山が大噴火して、大きな被害を被った。フィリピン上院は、軍事基地協定の拡張を拒絶し、スービック海軍基地と共に11月26日に返還された。