サケ類
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サケ類は、単にサケまたはシャケともいい、サケ目の唯一の科であるサケ科に属するものあるいはそのうちサケ属に属する魚類の総称。狭義にはサケ(鮭)は、サケ属のサケ(シロザケ、学名:Oncorhynchus keta)を指すが、広義にはシロザケ以外にも、タイセイヨウサケ(アトランティックサーモン)、ベニザケ、ギンザケ、キングサーモン などの仲間を総称する。
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[編集] 語源
サケの語源には諸説あるが、およそ以下の3種に分けられる。
- アイヌ語で「夏」を意味する「シャク」(shak)が訛ったとされるもの。
- 肉に筋があるため「裂け」やすいことから転じたとされるもの。
- 肉の色が赤いため、「酒」に酔ったようにみえる、もしくは「朱」(アケ)の色であることから。
[編集] 生態
[編集] 生活史
一般的にサケは川で産まれ海に下る。海で数年かけて大きくなり、また産まれた川に戻り産卵した後死亡する。
生後しばらくして体側面に斑点状の模様が1個~複数個あらわれた個体を、パー(parr)といい、斑点をパーマーク(parr mark)という。パーはさらに成長すると銀化(ぎんけ)してスモルト(smolt)になり、降海を開始する。銀化は一種の変態であり、皮膚にグアニンが沈着して体色が白くなるとともに、海水環境に適応するための器官が発達する。銀化は甲状腺ホルモンや成長ホルモン、コルチゾルによって引き起こされる。
多くの個体は銀化を経て海に下るが、中には銀化せずに川に留まる個体もいる。前者を降海型、後者を陸封型と呼ぶ。有名なものではベニザケOncorhynchus nerkaの陸封型がヒメマス、サクラマスO. masouの陸封型がヤマメである。ただ、全ての種に降海型と陸封型が存在するわけではない。降海型は陸封型よりもはるかに体が大きく、雄は産卵の際に有利である。しかし、陸封型の雄が全く産卵に参加できないわけではない。降海型のペアが産卵しているところに小さな体を生かして忍び寄り、雌が卵を産んだ瞬間にペアの間に割り込んで、降海型の雄よりも先に卵に精子をかけるのである。たとえばサクラマスのそれにアマゴが割り込む例がよく知られる。従来は卵を食べる「子喰らい」として括られていた(実際に繁殖に参加してない産卵現場の卵を捕食することも知られる)。このような繁殖戦略をとる個体を、一般に生態学の言葉でスニーカーと呼ぶ。音を立てずに忍び寄ることを意味するスニークに由来する。いわゆる靴のスニーカーもここからきている。
サケ類の多くの種の降海個体は成熟してから川を上って産卵するまで絶食状態にあり、筋肉のタンパク質を分解してエネルギーを得ている。この時期のサケの体内では糖新生を促進するホルモンであるコルチゾルを盛んに分泌して、タンパク質や脂肪からエネルギー源になるグリコーゲンをつくっている。そのためO.ketaやO.nerkaなど大半の種は産卵に残りの全エネルギーを使い果たして息絶えてしまう。ただし、同じサケ科でも大西洋鮭属のタイセイヨウサケ S.salar や近年は急増殖する外来種として北海道民の間で非難される茶色いブラウンマス、コレゴヌス属では日本など東南アジアを除き世界に移植されて釣り人によく知られるホワイトフィッシュや北米のシスコや北欧原産で日本が勝手に命名したシナノユキマス、アメマス(イワナ属)、イトウ(イトウ属)などでは何回も川登りと海降りを繰り返せるし、タイヘイヨウサケ属でもニジマスの降海型のスチールヘッド(テツ)もこうした生態が知られている。
川に上る途中のサケや、産卵後死亡した遺体は、熊や狐など野生動物が冬を越すための貴重な栄養源となる。また、孵化後の稚魚が育つ川や湖、周囲の森に栄養素をもたらす。このようにサケの死は動植物に還元されて、決して無駄になることはない。自然生態系以外でも、かつては産卵後の死骸が多すぎて異臭放つために川浚いする年は、畑に撒いて肥やしとする地方もあった。
河川の汚染によりサケが遡上しなくなったことから、かつて、「カムバック・サーモン」キャンペーンが展開されたことがあった。
[編集] サケとマス
今日の日本では辞書などにおいて日本語のサケに英語のsalmon、日本語のマスに英語のtroutが対応するとされている。しかし、この両者の概念の関係は複雑に錯綜している。例えば日本語でマスの部類として扱われているカラフトマスやサクラマスは英語ではそれぞれPink salmon(またはHumpback salmon)、Cherry salmonと呼ばれ、salmonとして扱われている。
この問題を解きほぐすには、両言語における初期の用例に遡る必要がある。
まず、日本語で元来サケとはシロザケ Oncorhynchus keta のみを指す概念であった。また、マスとは元来の日本語の使用空間であった本州、四国、九州及びその周辺島嶼において一般的に見られたもう一つの大型サケ科魚類、サクラマス O. masou masou 及びその亜種の降海型、降湖型であるサツキマス O. masou ishikawae、ビワマス O. masou rhodurus を指す概念だったのである。

それに対して、英語のsalmonとは元来ブリテン諸島に分布するタイセイヨウサケ Salmo salar1種のみを指していたし、troutとは同様にブリテン諸島に分布するブラウントラウト S.trutta に他ならなかったのである。これらタイセイヨウサケ属の魚類のうち、タイセイヨウサケは大半が降海し、ブラウントラウトやその亜種群ではごく少数しか降海しない魚であった。
しかし、英語を母語とする人々の世界への拡散と植民地建設、明治以降の日本人の認識する世界の拡大によって、それまでイギリス人や日本人が知らなかったサケ科魚類にsalmon、trout、サケ、マスといった語が割り振られていったのである。
まず、英語圏のアメリカ大陸への拡大によって英語話者とたくさんの種を擁するタイヘイヨウサケ属 Oncorhynchus やブリテン島には見られなかったブラウントラウト並みに大型のイワナ属 Salvelinus との接触が起きた。そして、タイセイヨウサケ同様に降海性のタイヘイヨウサケ属の魚にはsalmon、河川残留性のタイヘイヨウサケ属の魚や一部のイワナ属の魚にはtroutの呼称を当てていったのである。
一方、日本では幕末以降日本人の活動領域が北海道、樺太、千島列島と広がっていくにつれ、接触するタイヘイヨウサケ属の種も増加していった。それ以前から日本近海で漁獲されることもあるO.tschawytscha がマスノスケと呼ばれていたように、日本人が新たに接触する大型サケ科魚類は「マス」扱いで名称がつけられるのが原則であった。
- salmonと呼ばれるようになったアメリカ大陸のタイヘイヨウサケ属で和名がマス扱いのもの
その一方で、英語のsalmonがサケ、英語のtroutがマスと翻訳されるようになると、狭義のサケであるシロザケに加えて、日本人の活動領域であまり見られないタイヘイヨウサケ属の降海型大型種に対して、salmonの訳語として「サケ」扱いの名称が与えられることになった。
- salmonと呼ばれるようになったアメリカ大陸のタイヘイヨウサケ属で和名がサケ扱いのもの
また、本来の英語の概念拡大の傾向からはsalmon扱いとなっておかしくないサクラマスを本義とする「マス」がtroutの訳語とされると、英語の概念が日本語に逆流し、「マス」とは非降海性のサケ類の呼称であるとの概念が生じてしまった。
- troutと呼ばれるようになった主なアメリカ大陸のタイヘイヨウサケ属とその和名
- O. mykiss→Rainbow trout:ニジマス
- troutと呼ばれるようになった主なアメリカ大陸のイワナ属とその和名
- S. fontinalis→Brook trout:カワマス
特に今日の都市部の日本人の多くには、漁獲が激減しているサクラマスは身近ではなくなり、マスと言えば観光地のニジマス釣りの方が想像しやすくなっていると言えよう。そのため、海から遡上してくる大きなサケに、清流に住む小さなマスという印象もまた、支配的になっている。
そのためであるのか、昔からマスノスケというれっきとした和名を持つ魚が、今日の日本の鮮魚市場ではキングサーモンの呼称で流通している。また、アメリカ大陸ではニジマスの降海型で大型化して遡上する個体を英語でSteelheadと呼び習わしてきたが、養殖ニジマスを海に降ろして降海型として育てたものがサーモントラウトの商品名で流通している。
北海道近海を回遊しているシロザケに、ロシアのアムール川系の鮭がおり、その鮭を俗に鮭児(けいじ)と呼ぶことがある。鮭児として流通するものは魚齢が若く、精巣・卵巣が未成熟であるものが大半である。
マスも含めてサケ科は赤っぽい身が多いが、これはエビ・カニといった甲殻類が持つカロテノイド色素であるアスタキサンチンの色彩がそうさせているだけで、あのべニサケですら、白身の魚肉だけで育てたらほとんど赤くない商品ができてしまう。オームリやホワイトフィッシュ、シナノユキマスなどのコレゴヌス属は、ビワヒガイやワタカ等のコイ科に近い、サケ科とはかけ離れた外貌で、肉質もタラのような白身のようである。
[編集] 利用
[編集] 食材
薄紅色の肉は様々な料理に用いられる。日本では塩味を利かせた「塩鮭」として食べることが多い。
[編集] 塩鮭への加工
- 新巻鮭
- 冷凍技術の発達してなかった頃、産卵のため川で大量に漁獲されるシロサケ(秋味)を保存するために、内臓を抜き塩をつめた新巻鮭が発明された。
- 山漬
- 内臓を抜いて塩を詰めた鮭を塩と交互に挟む形で脱水および熟成させた加工品は、鮭を山のように積むことから「山漬」と呼ばれる。美味だが、非常に手間がかかる上に脱水が強いため歩留まりが悪く、コスト高になるため一時期は生産がほとんどなくなったが、近年の美食ブームにより復活している。
- 定塩法
- スーパーなどで見られる塩鮭の多くはこの定塩法による。これは、鮭半身を塩水に浸け、塩分を滲み込ませることで塩味をつけるという加工法である。新巻、山漬と比較して塩分が均等になる(=定塩)、歩留まりが良いなどの長所があるが、新巻、山漬と違い味が熟成されず、水っぽいという短所も見られる。
[編集] 調理
新巻鮭、山漬、定塩は焼き鮭として朝食等で用いられたり、身をほぐしておにぎりやお茶漬けの具としても用いられる。
北海道の郷土料理として、石狩鍋やチャンチャン焼き(鉄板焼き)がある。保存技術の発達した現在、肉はムニエルやスモークサーモン、マリネやルイベ、刺身としても食べる。乾燥品は「冬葉(とば)」と呼ばれる。脂の載った腹部の肉は「腹須(ハラス)」と呼ばれ、居酒屋の定番メニューになりつつある。遡上したブナ入りを豪快に厚めに輪切りにして醤油ベースの出し汁で簡単に煮込んだものを「川煮」といい、簡単であるがゆえに似たような料理が各地で作られる(臭みが少ないので鰯のような臭み抜き手法は不要)。サケやマスは生でも煮ても焼いても美味しいのである。上記のブラウンマスはサケの「子喰らい」や「稚魚喰らい」のために害魚扱いされているが、桜鱒や枇杷鱒には劣るとはいえ食味は悪くない。
魚卵は筋子、イクラ等に加工され重宝されている。
[編集] 寄生虫
注 : この部分の執筆者は水産加工に対し素人ですので、実際生で食べる方はその他の文献や専門家にあたってください (識者の全面書き換えを希望)。
海洋産のサケ類の肉には寄生虫 (アニサキス幼虫) がいることがある。 アニサキスはイルカ・クジラ類を終宿主とする寄生虫であり、サケ類はアニサキス幼虫に寄生されたオキアミ類を捕食することでアニサキス幼虫に寄生されるため、通常は陸封型のサケ類にアニサキス幼虫は寄生していない。 アニサキス幼虫は高温に弱く、60℃以上で数分間加熱すれば死滅するとされる。 また冷凍でも-20℃以下で長時間保存すれば死滅させられるため、厚生労働省では、-20℃以下で24時間以上冷凍することを指導している。
しかし近年、チルド輸送技術の発達により、限りなく生に近い新鮮な状態のサケ類が店頭や食卓にまで届けられるため、アニサキス幼虫の感染の危険性は上昇したと考える識者もいる。2℃程度では40~50日間生きつづけた記録がある。 また、酢や塩で死滅させることはできず、ワサビもアニサキス幼虫一匹に対し100グラムほど使用しなければ効果がない。 アニサキス幼虫に感染しても命に別状がないことが多いとはいえ、生食する際は十分な注意が必要である。
なお、アニサキス幼虫の死骸は無害である。加熱処理したサケ類からアニサキス幼虫の死骸を見つけても、美味しく頂いて構わない(旨み成分など組織液をタンマリと吸ってこれにも旨味があるので)。死骸になってもゴムのように弾力があるがこれにも旨味があり、生理的にグロいが珍味とするごく一部の変わった嗜好家もいる。
[編集] 文化
[編集] 「鮭」、または「鮭図」
明治時代の画家高橋由一による油彩画。日本油彩画の金字塔として知られる。高橋由一は鮭の絵を好んで書いており、彼およびその弟子の手による「鮭図」は10点ほどが現存する。東京芸術大学所蔵のものは重要文化財に指定されている。このほかに、北海道大学に1点所蔵されている。
[編集] サケ釣り
現在日本国内で遊漁としての鮭釣りが楽しめるのは、遡上数が国内最大で魚影も濃いとされる北海道地域の場合、河川内はもとより、大半が河口制限があるためこの制限範囲外の港湾や海岸等に限られる(一部許可された区域、期間を除く)が、豪快な引き味が楽しめる。河口制限の範囲は各都道府県の河川毎に異なるため、注意書きのある看板がある場合はこれに従う。基本的に川に入ったのは禁漁であるが、産卵遡上後は魚体がブナ化し、また、卵も膜が硬くなるので、趣味人はマナーをわきまえて海で美味しいものを狙われたい。痛点が鈍いとはいえ、サケもわれわれと同じく生き物である。 また、「汚すまい 明日もみんなが来る釣り場」という標語があるように、釣りを恒久的に希求するためにも、1人1人が環境美化に努めることが重要である。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- サケ・マス魚類のわかる本(山と渓谷社 ¥2000)
- 北アメリカ全野生鱒を追う(山と渓谷社 ¥2700)