ショックアブソーバー
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ショックアブソーバー(Shock absorber)とは、位置の移動を抑制するための装置である。ばねによって振動、衝撃を緩衝するシステムにおいて、ばねの特性による揺り返し現象(周期振動)を緩和し収束するために使用される。主に自動車などサスペンションに採用されている。「ショック」、「ダンパー」、「ダンパ(お役所ことば)」とも呼称する。(鉄道での蛇行動抑止に使われるヨーダンパなど)
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[編集] 概要
自動車のサスペンションなどの、ばねによって位置を保持し、振動や衝撃などによって入力された力をばねの弾性で吸収するシステムでは、ばねの変形(延び、もしくは縮み)によって入力されたエネルギーを吸収する。しかし、ばねは変形することで吸収したエネルギーを再び元の形に戻ることによって解放する特性がある。理想的なばねでは、この延び縮みを繰り返し(周期振動)エネルギーが保存されるが、実際のばねではこれらの過程で抵抗による減衰が起こりエネルギーは熱に変換されて最終的に初めの位置に停止する。
ショックアブソーバーはこの周期振動による弊害を解消するために、位置が移動(ストローク)する際に抵抗を発生し、運動エネルギーを熱に変換することで周期振動の収束を早める役目を担う。また、初期入力の際に同様のエネルギー変換によってばねに入力されるエネルギーを軽減する役目も持つ。
ショックアブソーバーを使用したばね系は、使用しない場合と比較すると、入力された力に対してストロークが小さく、また振動がすばやく収まる(図を参照)。自動車などの乗り物では、この特性を生かして、加減速時、旋回時の姿勢安定、また路面の不整に対する乗り心地の向上に広く利用されている。
[編集] 機能・構造
ショックアブソーバーは外部から力が入力されると、それに応じて伸縮する(この伸縮または伸縮量をストロークと呼称する)。ショックアブソーバの主要な機能は、外力によってストロークが発生する場合に、それに逆らう抵抗を発生する事である。また、単に抵抗を発生するのではなく、ショックアブソーバーが組み込まれるバネ系(サスペンション)に合わせて抵抗を適正に制御する機能を持つ。ショックアブソーバーの発生する抵抗は減衰値、あるいは減衰力などの呼び方で数値化される場合が多く、いずれの場合も摩擦係数を数値化したものであるため、無次元値である。
初期のショックアブソーバーは、固体同士の摩擦抵抗を利用したもの、気体中を移動する際の抵抗を利用したもの、あるいは物性として減衰力を有するゴムを利用したものなど、様々な方式が試され、一部は利用されたが、いずれも耐久性、抵抗値の制御、抵抗の絶対値などに問題があり、現在は液体の粘性抵抗を利用したオイル式(液体式)のショックアブソーバーが広く普及している。
オイル式のショックアブソーバーは、オイル(粘性抵抗を発生する媒体を指し、必ずしも油を示すものではない、フルードとも呼称される)を満たした筒に、先端にピストンを付けたピストンロッドを入れてストロークさせる。ショックアブソーバのピストンは注射器やエンジンのものと異なり、完全にシールされておらず、ある程度オイルを通過させる構造になっており、これによってストロークする際にピストンはオイル中を移動することが出来る。また、ピストンはオイルを通過させる際に粘性抵抗を受け、この抵抗をコントロールする事により減衰力を調整する。
オイル式のショックアブソーバーは、筒の構造によって、複筒式と単筒式の大きく二種類に分類される。オイル式のショックアブソーバーでは通常オイルは封入されておりアブソーバーから出入りすることはない。しかし、ピストンが筒の奥まで進入した場合、ピストンを保持するピストンロッドも筒内に進入し、ピストンロッドの体積分オイルが筒よりも溢れることになる。筒の構造の違いは、この溢れたオイルをコントロールする方式の違いである。
[編集] 複筒式ショックアブソーバー
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- A:ピストンロッド
- B: 外筒
- C: 内筒
- D: ピストン(ピストンバルブ)
- E: オイル
- F: ベースバルブ
- 複筒式ショックアブソーバーは、アブソーバー本体である筒が、外筒と内筒の二重構造となっているのが特徴である。ピストンロッド進入時のオイルは、内筒の底部に設けられたベースバルブを通って、外筒と内筒の隙間に導かれる。また、複筒式の大きな特徴として、縮み方向の減衰力と、延び方向の減衰力を別の機構で制御する点がある。アブソーバーが縮む場合は、前述の通りオイルはベースバルブを通して内筒の外に押し出される、この時の減衰力のコントロールは主にベースバルブで行われる(この時ピストンによる抵抗は、ほぼ固定とされる)。一方、アブソーバーが延びる場合、減衰力のコントロールはピストンに設けられたピストンバルブで行われる(ベースバルブの抵抗は固定となる)。
- 複筒式ショックアブソーバーは、後述の単筒式と比べて、アブソーバー本体の全長を短くすることが出来る。減衰力コントロールが二カ所に分けられるためバルブ機構が単純化することが出来る(特に減衰力を外部調整式にする場合などに有利)。などの長所がある。
- 複筒式ショックアブソーバーは、オイルショックアブソーバーとも呼ばれる、また、後述の単筒式の特徴であるガス圧による安定性に着目して、外筒と内筒の間に低圧のガスを封入したタイプが登場し、このタイプは低圧ガスショックアブソーバーと呼ばれる。
[編集] 単筒式ショックアブソーバー
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- A:ピストンロッド
- B:ピストン(ピストンバルブ)
- C:外筒
- D:オイル
- E:フリーピストン
- F:ガス室
- 単筒式ショックアブソーバーは、アブソーバー本体の筒が単純な一重構造になっており、筒の内部はオイルが満たされたオイル室と高圧のガスが充填されたガス室に分けられ、その間を自由に動く事が出来るフリーピストンによって仕切られた構造を有する。ピストンロッド進入時のオイルは、フリーピストンを押し下げ、オイル室の容積を増加することで納められる。また、アブソーバーの減衰力調整は、延び側、縮み側、ともにオイル内を移動するピストン(ピストンバルブ)によって行われる。単筒式の特徴は構造が単純なため、複筒式と同じ径の筒を使用する場合、筒厚を増やす、ピストンロッドを大径化するなどの措置を施こすことで強度が確保しやすい。また、ガス圧が常にかかっているため減衰力が安定しているなどの長所がある。一方で、高圧のガスを完全にシールする必要があるフリーピストン、延び縮みの両方向の抵抗制御機構を有するピストンなど、高精度の部品が必要とされるため、コスト面では複筒式に比べて不利であると言われる。
- 単筒式ショックアブソーバーは、高圧ガスを使用している事から、ガスショックアブソーバー、または前述の低圧ガスショックアブソーバーと区別するため、高圧ガスショックアブソーバーとも呼ばれる。
[編集] 制御機構
ショックアブソーバーのピストンバルブ、ベースバルブには、減衰値(抵抗値)を制御する機構が備わっている。減衰値の制御は、ピストンが移動する際にピストン、あるいはベースバルブを通過するオイル経路を調整して行われる。基本的にオイルは殆ど圧縮/膨張しないため(この安定性がオイル式ショックアブソーバーが普及した大きな理由でもある)、オイル経路が小さければピストンが動く際の抵抗は大きく、経路が大きければ抵抗は小さくなる。
ピストンバルブ/ベースバルブには、オイル経路を制御する要素として、「オリフィス」「バルブ」「ポート」の三つの機構がある。これらの要素はピストンの移動速度に伴い、それぞれが、また組み合わされピストン速度に最適な減衰力となるようにオイル経路の大きさを調整する。
- オリフィス
- ピストンが停止している時、ピストンとベースバルブにはオイル経路としてわずかな隙間が存在する。この隙間の事を「オリフィス」と呼ぶ。ピストンの動き始め、また非常に遅い速度域においてはオイルはオリフィスのみを経路として移動し、この間オイル経路は一定である。この領域のピストン速度を低速域(約0~0.10m/Sec)という。オイル経路の大きさが一定であっても、ピストンの速度によって減衰値は変化する、オリフィスのみがオイル経路の要素である場合の減衰値変化をオリフィス特性と呼ぶ。自動車、オートバイのショックアブソーバーの場合、オリフィス特性は路面状況の変化、曲率の大きな旋回時などの性能に深く関連する。
- バルブ
- ピストンバルブ、ベースバルブには、後述のポートと呼ばれるオイル経路が開けられているが、バルブは、このポートをふさぐ形で取り付けられている板状のバネである。ピストン速度が停止、低速域の場合、バルブはポートを完全に塞いでおりオイルはポートを通過することが出来ない。しかし、ピストン速度が一定値を越えると、バルブは押し上げられ(ピストンが下がる場合)オイルはポートを通り始める。ピストン速度が増加するに従ってバルブは大きく変形しオイル経路が序々に拡大してゆく。この過渡期のピストン速度を中速域(約0.10~0.30m/sec)と言い、この時の減衰値変化を、バルブ特性(またはバルブ+ポート特性)と呼ぶ。バルブ特性は曲率の高い旋回時などの性能に深く関連する。
- また、バルブは通常片側にしか動かずピストンが反対側に動く場合(例:複筒式ショックアブソーバー縮み時のピストンバルブ)にはポートを塞いだままとなる。この場合、オイル経路はオリフィスのみとなる。
- ポート
- ピストンバルブ、ベースバルブにはオイルが通過する経路として、ポートと呼ばれる穴が開けられている。ピストン速度が一定以上になると、前述のバルブは完全に開き切り、ポートの大きさによってオイル経路の大きさは決定する。このポートのみによって減衰値が決定するピストン速度域を高速域と言い、その際の減衰値特性をポート特性と呼ぶ。ポート特性は段差を越えた場合などの、路面の急激な変化時の性能に深く関連する。
オリフィス特性、バルブ特性、ポート特性は個々の要素によって決定されるが、ショックアブソーバーの減衰値はピストン速度に従って連続的に変化させなければピストンはスムーズに動けなくなる。そのため、それぞれの特性は変化点で連続としなくてはならず、個々の特性を突出させることは出来ない。また、バルブとポートは密接に関連して特性に関して依存している。これらの理由からショックアブソーバー全体の特性は、使用環境を想定して三要素を総合的にチューニングして決定されるため、ショックアブソーバーとしての特性もある程度制限を受ける。
基本的には、減衰値が高めのショックアブソーバーは、低速域でも比較的固めであり、逆に低めのショックアブソーバーでは高速域でも比較的柔らかい。つまり、低速走行時は非常に柔らかく、高速走行時は非常に堅いといった理想的汎用ショックアブソーバーは通常の制御機構では不可能に近い。
これを克服するために、電子制御などによって複数のポートを開閉するようなアダプティブショックアブソーバーが開発され、一部実用化されている。(例:トヨタ自動車のTEMSなど)
[編集] 車高調整式ショックアブソーバー
車高調整式ショックアブソーバー(しゃこうちょうせいしき-)とは、自動車のサスペンションの一部で、主にコイルスプリングとオイルダンパーで構成されている減衰装置に、車高を調整するための機能が備わったものである。一般的には車高調(しゃこちょう)と略されることが多く、車高調で車高を下げた状態を一般的に車高短(シャコタン)、またはローダウンなどと呼ぶ場合もある。
車高を調整するには、一般的なネジ式車高調の場合、コイルスプリングを固定している上下のシートの下側をネジにより上下に移動させることによって行う。
ただし、この方法では車高の調整によってダンパーの可動範囲が変化し、「底付き」というダンパーの縮みきり、もしくは伸びきりを起こす可能性がある。
「底付き」は車体へのダメージはもちろん、サスペンションが機能しないことから運動性能にもマイナスであるため、これを解消するためにダンパー自体の車体への取り付け部も上下調整可能とした全長調整式も存在する。
車両の前後の高さを任意にセッティングすることで、走行時の挙動が変化する。自動車の外観的にも、細かい車高調整が可能なため、「スプリングを交換したが思ったより車高が下がらなかった」などということがない。
また、ダンパーの減衰力の調整ができるものもあり、伸び側と縮み側を独立して調整可能なものもある。
アッパーマウントをピロボール化し、より直接的なフィーリングを求めたものもある。
一概には言えないが多くの場合、車高調を装着すると乗り心地が悪化する(たいてい社外品のスポーツショックアブソーバーは純正よりも大きな減衰力を持っている場合が多いため)。 また過度に車高を下げると立体駐車場に駐車できなくなる事や、離対気流の影響により、高速走行時の操縦性が変化することもあるため注意が必要である。
[編集] 建築用免制震機構
建築物の地震による損壊を防ぐために、「耐震」という考え方だけでなく、「免震」「制震」という考え方が採り入れられるようになった。「耐震」が「地震力を受けても破壊しない」という発想であるのに対し、これは、「地震力を抑制・制御する」という発想である。「制震」は建物内部に制御機構を組み込むことをさす。その実現のためにショックアブソーバー (建築では「ダンパー」と呼ばれることが多い) が使われる。
- 鉛ダンパー
- 主として基礎部分に用いられる。鉛の塑性変形のさいに振動が減衰し、あらゆる方向の振動に対応できる。地盤と構造的に絶縁するための積層ゴムアイソレータと組み合わせることが多い。
- オイルダンパー
- シリンダー型ショックアブソーバーを大型化したもの。制震機構のためにあらゆる部位に使われる。
- 制震壁
- ショックアブソーバーの機能を組み込み、層間変位を吸収する壁。このほか、柱・ブレースなどにもショックアブソーバーの機能を組み込んだものが開発されている。
[編集] 主なメーカー
- カヤバ工業
- トキコ
- ショーワ
- GAB
- ビルシュタイン(Bilstein)
- オーリンズ(Öhlins)
- コニ(Koni)
- テネコ(en:Tenneco)