スノッリ・ストゥルルソン
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スノッリ・ストゥルルソン(Snorri Sturluson, 1179年 - 1241年)は、ノルウェー出身でアイスランドで活躍した詩人・政治家。
ノルウェー出身であるが、詩人、政治家としてアイスランドで活動した。
スノッリはアイスランド文化の中心地と呼ばれたオッデで学問を学び、ここで詩人として高い評価を得た。名声を得たことを契機として政治的にも大きな影響力を保持することとなり、1215年、1222年の二度にわたってアイスランドの最高議会の議長に選出された。1218年にはノルウェーを訪問して、ノルウェーによるアイスランド遠征を抑えようと努力している。
このため政治的に大きな存在となったスノッリは、時のノルウェー王ホーコン4世によって危険視されるようになり、1241年にホーコン4世が送った刺客によって暗殺された。アイスランドがノルウェーの支配下に置かれることとなったのは、スノリの死から21年後の1262年である。
今日に残るスノッリの著作は少ないが、その中でも古代の北欧神話を紹介している1222年の著作、『散文エッダ(スノッリのエッダ)』と、歴史書として高く評価されている『ヘイムスクリングラ』が、スノッリの代表作である。