ディエゴ・シメオネ
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ディエゴ・シメオネ(Diego Pablo Simeone、1970年4月28日 - )は、アルゼンチン出身の元同国代表サッカー選手、現サッカー指導者。 ロベルト・アジャラに抜かれるまで代表最多出場記録(106試合)保持者であった。
[編集] プレイスタイル
キャリアのほとんどをボランチのポジションでプレイし、キャリアの終盤にはセンターバックでもプレイ。いわゆる「潰し屋」的な選手で、その守備能力の高さは所属したクラブチームやアルゼンチン代表において証明し続けた。ヘディングの競り合いにも強く、それを生かしたセットプレーでの得点も数多く挙げた。
1998年フランスワールドカップで、イングランド代表ベッカムを退場に追い込んだことでも有名。この1プレーによりアルゼンチンはイングランドに辛勝し、ベスト8に進出した。その後「世界の悪役」として名を馳せるも、2002年日韓ワールドカップでのベッカムとの歴史的な和解により、悪いイメージを何とか払拭することができた。ちなみにこの時は、ベッカムのPKによりイングランドがリベンジを果たした。
2006年2月17日に現役を引退し、そのままアルゼンチンリーグ1部のラシン・クラブの監督に就任。 2006-2007シーズンにエストゥディアンテス・ラ・プラタの監督に就任。このシーズンの前期リーグをボカ・ジュニアーズとの優勝決定戦で破り優勝した。
[編集] 所属クラブ
- 87-90 ベレス・サルスフィエルド
- 90-92 ピサ
- 92-94 セビージャFC
- 94-97 アトレティコ・マドリード
- 97-99 インテル
- 99-03 ラツィオ
- 03-04 アトレティコ・マドリード
- 04-06 ラシン・クラブ
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