フラーレン
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フラーレン (Fullerene) は炭素原子からなるクラスターで、炭素の同素体である。
1985年に、ハリー・クロトー、リチャード・スモーリー、ロバート・カールによって発見された。3人は、この発見により1996年度のノーベル化学賞を受賞した。
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[編集] フラーレンの構造
フラーレンは炭素クラスターの総称で、最初に発見されたのがカーボン60 (C60、C60) である。IUPAC命名法では (C60-Ih)[5,6]フラーレンという。カーボン60は、炭素原子60個からなり、クラスターの形はサッカーボール状である(同様の構造を持ったドームジオデシック・ドームのデザイナーであるバックミンスター・フラーの名をとって、この構造はバックミンスターフラーレン (Buckminsterfullerene) 、バッキーボール (Buckyball) などと呼ばれる)。その他にも、炭素原子70個、84個などでもクラスター構造を形成するが、存在比としてはカーボン60が最も大きい。
また、2個のC60が結合して出来た二量体や、さらに密に結合した落花生型などのC120、3個が結合したトリマーのC180やn個が結合したポリマーなども合成されている。
フラーレン (C60) は、固体構造(分子性結晶)をとる場合がある。C60を一つの粒子とみなして、その粒子が面心立方構造(常温での安定相)をとる。260 K以下では、単純立方構造が安定となる。また、常温での準安定相として六方晶構造も存在する。これらの構造で、個々のフラーレンは高速で回転(常温で毎秒、およそ108から109回転)している(低温では回転は止まる)。更に、その粒子間(C60間)にアルカリ金属などがインターカレートした構造も存在(面心立方的構造、体心立方的構造などとなる)する。アルカリ金属などをインターカレートした構造の中には、超伝導を示すものも存在する(カリウムをドープした場合の転移温度は、およそ 18 K)。
また、フラーレン内部に金属原子などを内包させる試みもある(下の内包フラーレンを参照)。
その他の応用技術としては、フラーレンをグラファイトの基板で挟み込むことで、接触面の動摩擦がゼロのナノギアになるという。これは例えれば、パチンコ玉を敷き詰めた上に板を載せるとよく滑るようなものである。ナノレベルの超潤滑剤や、ナノベアリングとしての応用が期待される(参考リンク:[1])。
[編集] 高次フラーレン
アーク放電法などによるフラーレン合成の際、C60よりもさらに大きな炭素クラスターが少量ながら生成する。これらを高次フラーレンと呼び、炭素数が70,74,76,78……のものなどが単離されている。これらも全て5員環・6員環から成っており、7員環以上の環を持つフラーレンは実際には発見されていない。炭素の数がいくつになっても5員環の数は12と決まっており、6員環の数だけが増えていく(オイラーの多面体定理より)。 また、フラーレン骨格においては5員環は隣り合わせにならないという規則がある(孤立5員環則、IPR)。C60フラーレンはIPRを満たす最小のフラーレンであり、その次がC70となる。C62やC68などが発見されないのは、これらがIPRを満たし得ない炭素数だからと考えられる。
[編集] 内包フラーレン
フラーレン生成時にある種の金属元素を加えておくと、中空の骨格内に金属原子を包み込んだフラーレンが得られる。これを内包フラーレンと呼び、M@C60などと書き表す。これまでスカンジウム、ランタン、セシウム、チタンなどを内包したフラーレンが得られているが、アルミニウムや鉄、金などでは成功しておらず、なぜこうした選択性が生じるのか詳細はまだわかっていない。
金属ではなく窒素原子を閉じこめたN@C60、2つ以上の金属原子を含んだSc2@C74、2種以上の元素を内包したSc3N@C80などの化合物も得られている。
京都大学の小松紘一らは、有機化学的な手法によってフラーレン骨格に穴を開け、水素分子を封入した上で穴を閉じて元のフラーレン骨格を再生し、H2@C60という分子を人工合成することに成功している。
名古屋大学の坂田誠らはSPring-8の放射光と最大エントロピー法(MEM)を用いSc2@C66の構造解析をし、孤立五員環則を破るフラーレンを証明した。
[編集] フラーレンの着想
カーボン60分子フラーレンは、1985年に先述の三名によって発見されたが、それ以前にC60構造の存在を予言していた日本人学者がいた。豊橋技術科学大学の大澤映二教授は、1970年頃、ベンゼンが五つ集まって皿状になった「コランニュレン」という物質に興味を持ち、これがサッカーボールの一部であることに気づいた。ここから、実際にサッカーボール状のC60も存在しうると考え、考察の結果を邦文雑誌などに公表した。だが、この発見が掲載されたのは日本語の文献のみで、英語などでは発表していなかったため、欧米の科学者には知られることなく、ほぼ15年後にフラーレンは再発見されることとなる。
[編集] フラーレンの合成法
クロトー、スモーリー、カールは真空状態でグラファイトにレーザー光線を当てて蒸発させ、フラーレンを発見した。この方法によって得られるフラーレンの量は極少量であったが、1990年にドイツでアーク放電により大量にフラーレンを合成する方法が発見され、フラーレンの研究が進展するきっかけとなった。その後、炭化水素を燃焼させたりプラズマで分解するなど、さまざまな方法が開発されている。2000年代に入り、燃焼法によるトン単位の大量生産も行われるようになった。
一方、フラーレンの有機化学的手法による合成は難航したが、2002年になってようやく成功した(収率は約0.1~1%)。[2]
[編集] 天然フラーレンの発見
1992年、ロシアのカレリア共和国産の炭素鉱物シュンガ石 (shungite) にC60が含まれているという報告があった。その後京都大学で分析が行われ、2004年に重量比で約20ppmのC60が含まれていると発表された。[3]
しかし、現時点では生成のメカニズムは不明である。