ベルシャザル
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ベルシャザル(Belshazzar)は新バビロニアの王、ナボニドゥスの息子。遠征で国内を空ける事の多かった同王によって国内統治を任されていた。アッカド語ではベル・シャル・ウツル(Bel sarra usur)と表記される。
旧約聖書ダニエル書の第5巻と第8巻では彼が最後のバビロニア王として記録されているが、史実では無い。
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[編集] 来歴
王子であった彼は、紀元前553年にナボニドゥスがアラビアのテイマへ遠征するのに伴って摂政(共同統治者)に任命されバビロンに残された。彼は大きな権限を持っていたと考えられるが、旧約聖書の記述とは異なりバビロニア王を正式に名乗った事は無い。彼の発行する公文書の日付は全てナボニドゥスの治世年で発行されし、神殿の建設もまたナボニドゥスの名で行われた。
紀元前547年にバビロニアの神殿の人事が一新されている。これをもってベルシャザルが人事権を掌握していたという説があるが定かではない。しかし彼の権力は相当な物があったと考えられ、旧約聖書で彼が王と記録されているのはその存在感を示すものと言える。
王国滅亡後の消息は不明である。
[編集] 旧約聖書におけるベルシャザル
[編集] ダニエル書第5章
カルデアの王ベルシャザルが1000人の貴族や後宮の女達とともに宴会を開きワインを飲んでいた最中、突然人間の手の指が現れて壁に字を書いた。ベルシャザルは恐れ慄いてその字を読める者を探した。しかし誰も読める物は見つからず途方にくれていると、王妃が進言した。「父王ネブカドネザルの時代に神々の如き知恵を持ったダニエルと言う神官長がいました、父王はベルテシャザルと読んでいました。彼ならばこの字を読めるでしょう。」と。
ベルシャザルがダニエルを呼び、字を解釈させた。ダニエルの解読によれば「神は父王ネブカドネザルに権勢と栄光を与えた。しかし、彼は尊大、横暴に振る舞い思うがままに人を殺したので王位を追われ栄光は失われた。父王は野獣の如き有様となり雨に身を濡らし、ようやくこの世を統べるのは神である事を知った。ベルシャザル王、あなたはこれを知りながらなお神に従おうとしなかった。祭具で酒を飲み、石や木で作られた神々を讃えた。だから神はあの手を遣わして文字を書かせたのである。文字は「メネ・メネ・テケル・パルシン」である。メネは数えるの意、あなたの治世を数えたてそれを終えた。テケルは測るの意、あなたは秤にかけられ不足であると判定された。パルシンは分けるの意、あなたの王国がメディアとペルシアに分けられる事を意味する。」と言う事であった。
そしてその日の夜、ベルシャザル王は殺された。
[編集] ダニエル書第8章
ダニエルが幻を見た年としてベルシャザル王の治世第3年目とある。
[編集] 史実との相違点
旧約聖書の記述のうち、明らかに事実と反するのはベルシャザルが王であると言う記述と、ネブカドネザル2世の息子であると言う記述である。
しかしながら、聖書には高位権力者を指して「王」という語を用いることがあるため、代理統治者としての意味で用いられたとすれば、これは誤りではない。 また、ヘブライ語には祖父や孫を表す語が存在せず、子孫を「子」、祖先を「父」というため、この意味でも「父王ネブカドネザル」が「父祖である王ネブカドネザル」という意味で記述されたとすれば、これは誤りとは言えない。
また、ベルシャザルの王国滅亡後の消息は全くわかっておらず、暗殺されたかどうかも疑わしい。なお、ここに記載した文章は要約であるので、実際にはダニエル書第5章はもっと長い文章である。