ホルテン Ho229
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ホルテン Ho229は、第二次世界大戦後期、ドイツ第三帝国にてホルテン兄弟が開発した全翼型爆撃機の試作機である。開発の順に「Ho IX V1」「Ho IX V2」「Ho229 V3」と型式名が推移している。
[編集] 概要
実戦配備は第二次世界大戦の終戦に間に合わなかったが、この機体を使ってニューヨークに核爆弾を落とす計画があったと言われている。ドイツからニューヨークまでの長距離を往復するために機体全体を燃料タンクとし、大量の燃料積み込みを可能にするという設計思想により独特の機体形状になった。当時のアメリカ軍のレーダーが探知不能な高度を飛行することが可能であったとされる。試作機の実験の際、レーダーで見つけにくいステルス性能を備えていることが偶然にも判明し、世界初のステルス飛行機となった。
[編集] 歴史
ホルテン兄弟は第二次世界大戦開始以前の1930年代から全翼機に興味があったようで、個人運営のグライダークラブで研究を行っていた。
1943年、3×1000計画(3X1000 project)をヘルマン・ゲーリングが提案した。これは時速1000キロメートルで1トン(=1000キログラム)の爆弾を積んで1000キロメートル離れたところまで無着陸で爆撃できる爆撃機を作るというものだった。それまでのドイツ軍の爆撃機ではイギリスのロンドンにようやく到達できるほどの航続力で、速度もあまり出なかったのでイギリス空軍迎撃機によるバトル・オブ・ブリテンの敗北など、芳しくない戦果しか挙げることができなかった。低速度を解決するためにユンカース・ユモ004ジェットエンジンなどの搭載が考えられたが、燃料消費が激しく思うように航続力が得られなかった。そこでホルテン兄弟がジェットエンジンを動力とする全翼機を作るというホルテンⅨ計画を提言、実行に移した。
1944年3月1日、無動力のプロトタイプ、型式番号 Ho IX V1 が初飛行を成功させ、同年12月にユンカース・ユモ004エンジンを積載した Ho IX V2 を完成、試験飛行を成功させた。さらにその後、ホルテン兄弟の機体を元にゴータ社が設計・開発し、Ho229シリーズを作った。そのころへルマン・ゲーリングはジェット軍用機の必要性を感じ、Ho229を40機発注した。
[編集] B-2との関連
第二次世界大戦後にアメリカ合衆国が「Ho229 V3」の機体を接収し、長らくスミソニアン博物館に展示されていたが、珍品としての興味しか持たれなかった。新爆撃機「B-2」の構想に行き詰った技術者が、スミソニアン博物館を見物に行ったときにこの機体を見つけ、全翼型機体によるステルス性能向上やエンジンを機体上部に載せた赤外線探知対策などのアイデアを得たと言われている。もっとも、B-2を開発したノースロップ社は過去にYB-35やYB-49など、完成後にある程度のステルス性が確認された全翼機を製作しているので、この説には疑問が残る。
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