ステルス (軍事)
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ステルス(Stealth)とは、兵器(例えば軍用機・軍艦・軍用車両等)をセンサー類(代表的なものにレーダー等)から探知され難くする為の軍事技術の総称を指す。また、単にそれらの技術を取り入れて開発された兵器を指して「ステルス」と呼ぶ事もある。なお、「ステルス性」という言葉も存在するが、こちらは「ある兵器がセンサー類からどの程度探知され難いか」という事を相対的に表す際に用いられる。ちなみに「ステルス」の本来の意味は「こっそりとする」「隠れる」である。
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[編集] ステルスの歴史
ステルス機能はレーダーが使われ始めた第二次世界大戦の頃から研究され、ホルテン Ho229など限定的なステルス兵器も一応存在した。日本海軍も、終戦間際には、米軍のレーダーの高性能化に対応する為、試作潜水艦のセイルを下にすぼまるように角度を付ける(自衛隊イラク派遣時に軽装甲機動車に追加された射手防御用の板の様な『くの字』型)ことで、電波を空中ではなく海面の方向に返すなどの研究を始めていた。その後ステルス機を開発する上で非常に重要となる論文が、ソ連の科学者ピョートル・ウフィムツェフによって1957年に発表された。これにより今まで電波の反射が解析不能だった部分の計算が可能になったと言われる。そしてアメリカではロッキード社・スカンクワークスが開発したステルス実験機「ハブ・ブルー」をもとに、1981年に世界初の本格実用ステルス機、F-117が開発された。
被発見率を下げるギミックを指した言葉として「ステルス」という言葉が使われたのは、F-117の広報リリースが最初だと思われる。 ただし、F-117が登場した当時は情報公開などもあまりなく、都合のいいスペックや戦果だけが伝えられたため、レーダーへの被発見率低下だけを指してステルスとか、ステルスであれば全然レーダーに引っかからない、またそうでなければステルスではない、などという誤解が広まることになった。
[編集] ステルスとは
ステルスとは電波の反射や赤外線の放射などを抑え、敵から発見されづらくする技術である(なお、人間の聴覚による発見を避ける為の低騒音技術や、同じく人間の視覚による発見を避ける為の迷彩や保護色等も、広義の意味ではステルスにあたる)。ただし、基本的には「相対的に発見されづらい」という事であって、「絶対に発見されない」というものでは無い点に留意する必要がある(例えばレーダーに対するステルスを使用して開発された兵器は、あくまで「非ステルス兵器等と比べレーダーで探知出来る距離が相対的に短い」だけであって、レーダーに近づけば当然発見されてしまう)。また、その兵器の運用条件に応じて、与えられるステルス性の性質や性能は必然的に異なってくる。
[編集] 電波に対するステルス
これにはまず、レーダーが物体を探知する仕組みについて理解する必要がある。レーダー(この例では一次レーダー。航空交通管制に使用している二次レーダーの原理は異なる)が物体を探知する過程を簡略化して説明すると、次のようになる。
- 電磁波を飛ばす
- その電磁波が物体に当たる
- 電磁波が反射される
- その反射波を拾う
- 以上の間に経過した時間等の情報から、電磁波がどの地点で反射されたか求める
- その地点に物体が存在すると認識する
つまり、レーダーは反射波を捉えることによって探知をしていると言える。従って、電磁波が物体に当たっても反射波が生じなかったり、反射波をレーダーが拾えられなければ、レーダーは物体を探知出来ない事になる。その為の方法の原理としては、例えば電磁波を反射し難い物質で物体を構成したり(金属類は電磁波を反射し易い)、電波の来た方向へ電波を反射しないようにしたり、向かって来た電磁波と同波長で逆位相の電波を発振し、向かって来た電波を打ち消したり(電波と音との違いはあるが、ヘッドフォンの中には似たようなメカニズムで周囲の雑音を打ち消す事が出来るモデルがある)等が挙げられる。これらの原理の内、電磁波を反射し難い物質を用いる、電磁波の来た方向へ電波を反射させない、等の原理を応用し、レーダーからの探知され難くするステルスが実用化されている。具体例を挙げれば、
・設計・開発時点での形状の工夫。現在、兵器のステルス性を高度に高める際に最も重要になる方法である。例えば艦船ならば艦橋をはじめとする上部構造物を斜めにして、反射波をまともに返さない形状にする。また凹みが垂直に交わった場合、電波が元の方向に戻ってしまうため、垂直に交わらないような形状にする。航空機では機体の凹凸を減らし、細かい部分での反射を抑え、電磁波の大部分を別の方向に受け流すようにする。
・電磁波吸収素材 (RAM)の使用により反射波をさらに減らす。例えばフェライトを用いた塗料を塗装する。
等の例が挙げられる。ただし、RAM塗装は、電磁波を熱に転換することでエネルギーを消費し、結果として反射波を減らすという原理上、赤外線放射が増えてしまうというデメリットがある。また、RAM塗料は大変高額であるというデメリットもある。一部には、赤外線放射率が異なる塗装で各部を塗りわけ、赤外線映像として見た際に、航空機の形状として認識されづらいように配慮した機種もある。
余談であるが、現時点で実用化されたステルス航空機の機体色は、たいていがマットブラックかダークグレー系であるが、これは夜間運用時に効果的であると同時に、極端に高度を下げない限り日中でも比較的に目立たない色だから、そのように色を調合されただけであり、レーダー反射塗料そのものがダーク系カラーというわけではない。
なお航空機に高度なステルス性を持たせる場合、やはり機体をステルス性の高い形状にしなければならないが、航空機の場合、単純に「ステルス性に優れる形状」であれば良い訳では無く、同時に「良好な飛行が可能な形状」すなわち航空工学に基づいた形状も求められる。それらを両立する為に、設計には非常に複雑な計算を必要とする。また、開発・生産・維持のいずれの段階においても、高技術力と高コストの両方が要求される(例えばB-2爆撃機の場合、一機あたりの価格が高いうえに、整備には専用の格納庫を必要とする。国外の基地へ展開する場合、専用格納庫も一緒に展開する必要がある。それらの影響だけが原因では無いが、総生産数は当初の予定を下回る21機にとどまっている)。したがって費用対効果も悪くなりがちである。その為、技術力が追いつかない、あまりコストを割けない等の理由で形状の工夫が出来ない場合は、RAMを使用する等して、少しでもステルス性の改善を求めることも多い。
艦船や車両では、運用上の理由(RAM塗料は劣化が激しい、陸上兵器は、少しでもカムフラージュを行えば、少なくともレーダーには元々映りにくい等)から、高価なRAMは使用せず、外観の形状に配慮をする程度である。
・F-117のステルス性は、その機体構造(概観の形状)からレーダ入射波を散乱及び後方背面波としてRCS(レーダー断面積)を下げているものと考えられる。この機体のステルスの特徴としては、レーダに対するRCS低減は全方位でなく前方方向と背面方向に対してRCSが極端に小さい。また運動性を犠牲にしているがステルス機の中ではRCSが最も小さい機体と考えられている。
現在、こういった電波に対するステルス機の特性を踏まえ、これらステルス機を捉えられるバイスタティックレーダ(通常はモノスタティックレーダ)が開発されている。
[編集] レーダー断面積
電波に対し、どれだけのステルス性を持っているかを表す値としてRCS(radar cross-section, レーダー断面積、レーダー反射断面積などと訳される)という言葉が使われる。単位は m2。この値が小さければそれだけレーダーに探知される距離が短くなる。だが単純に比例するわけではなく、探知距離はこの値の4乗根に比例する。つまり探知される距離を2分の1にしたいのなら、RCSはその4乗の16分の1にする必要がある。
[編集] 可視光でのステルス(ビジュアル・ステルス)
- 詳細は光学迷彩を参照。
可視領域の電磁波を反射させない技術(光学迷彩)は実用化されていないものの、研究は行なわれている。可視光線に対する対策が可能となれば文字通り見えない兵器となる。アイディアとしては、サイエンス・フィクションにおいては以前より使用されている。プレデターや攻殻機動隊などを参照。
電磁波である可視光をねじ曲げて、その途中に存在する物体を目に見えないようにする技術が考えられている。2006年10月20日付けのUSA Today紙はデューク大学のデービッド・スミスを中心とした研究グループ[1]が同様の理論でマイクロ波(可視光ではない)をねじ曲げる事に成功したと報じた[2](詳細な内容はアメリカの科学雑誌 Science に掲載された[3])。現在はまだ確立していない技術であるが、理論的には同じ方法で可視光をねじ曲げる事が可能であり、近い将来実現可能であるとしている。この技術によって目に見えない究極の戦闘機等を作成可能であるが、唯一の問題は外から戦闘機が見えないのと同様に戦闘機からも外が見えなくなる事である。
なお、光学的な迷彩は、技術的には非常に興味深い一方で、乗り物に使用した場合は、騒音が大きいと音で大体の位置が予測されてしまう為あまり意味が無いのではないか、既存の迷彩塗装と比較して迷彩効果そのものが過剰であり、投じるコストに見合った損耗率の低下が得られるのか=費用対効果に優れるのか、等の疑問も存在している。
また、航空機の場合は、機体の迷彩以前に単に飛行機雲を引きながら飛ぶだけで、簡単に飛翔経路が目視で発見されてしまうため、一部の航空機では、排気ガスに薬品を混入することで、飛行機雲が殆ど発生しないように工夫されている。
[編集] 赤外線に対するステルス
ミサイルなどの誘導兵器には、赤外線を用いて目標を探知するものがある(たとえばサイドワインダー)。これに対する防御として、赤外線の放射量を減らすことも重要である。ステルス機では外気と混ぜ、温度を低くしてから排気を行ったり、地上からの探知を防ぐために機体上方から排気を行ったりする。
また高空では、周囲の温度が低いため、パッシブ式赤外線画像装置で航空機自体の画像を捉えることはさほど難しくない。 このような赤外線画像認識を行うミサイルシーカーに対しては、赤外線反射率が異なる塗料を機体に塗布し、航空機としての形状を検出されづらく工夫している機種がある。
最近の試みとしては、パッシブミサイル(サイドワインダー等)の赤外線シーカーにレーザー光(赤外線)を照射しシーカーを飽和させる方法も考えられている。
[編集] 音についてのステルス
静粛性もひとつのステルス性の指標と言える。とくに潜水艦ではソナーによる探知を避けるために重視されている。外壁に吸音効果のある素材を貼り付けることでアクティブ・ソナーの音波を吸収している(また、水上艦に対しては、潜行中の潜水艦は、その状態自体が基本的なステルス能力とも言える)。
[編集] 対ステルス対策
現在各国ではステルス機開発に加え、ステルス機の発見技術にも力を入れている。主なものとして、レーダーによるパッシブ受信や、赤外線探知がある。
[編集] レーダーによるパッシブ受信
前述の通り、ステルス機はレーダーの電波を発振された方向と異なる方向に受け流す技術(散乱)を用いている。これに対抗して、受け流した電波を観測するレーダーサイト(パッシブ受信レーダーサイト)を建設し、最初のレーダーサイトと共にステルス機を発見する、という構想が『レーダーによるパッシブ受信』である。短所はパッシブ受信レーダーサイトのみでは方位しか分からないことだが、最初のレーダーサイトまでの距離から敵機までの距離を計測できる。
これはちょうど音響探知によって敵機の来襲を知ろうとした第二次大戦末期と似た状況に戻った観がある。
[編集] バイスタティックレーダ
レーダ波の送信局と受信局の場所が異なるレーダをバイスタティックレーダと呼ぶ。 バイスタティックレーダの技術を使えばステルス機をレーダで捉えることも不可能ではない。 しかし、一見簡単そうに見えるレーダ波のパッシブ受信であるが、送信側と受信側が高度に同期を取ることが求められ技術的な課題も大きい。
このバイスタティックの測量方法は、送信機側の発射波の正確な角度と時間、受信側が受ける入射波の角度と入射波の時間的ラグから機体の方位を算出するものである。
これに対し通常のレーダをモノスタティックレーダと呼ぶ。
[編集] 赤外線探知
戦闘機などにおいては地上レーダーサイトのようにはできないため、敵の赤外線を観測する方法が考えられている。これはレーダーのように電波などを出さないため、逆に探知され発見される恐れがない。しかし通常の戦闘機に対してはレーダーに比べて若干探知距離が短くなり、また敵の方位しか分わからず距離がわからないという欠点もある。だが探知距離はステルス機においては通常のレーダーより遠距離での探知が可能であるとされ、距離も2機以上で観測すればレーダーサイトと同じように三角関数から敵機までの距離を測定することも可能である。現在赤外線探知はロシアの一部の戦闘機で使用されている。
[編集] ステルスの重要度
戦闘の際に相手のセンサー類に捕捉され難いという事は、それだけ相手より優位に立てる事を示している。その為、現在において各国のステルスへの注目度は高く、今後もステルス性を考慮した各種の兵器が開発されていくと思われる。 一般的に航空機は効果が大きいためステルス性が重視されており、艦船ではある程度のステルス性を持たせているものが多い。車両はレーダーによる探知が少ないため、多くは目視や赤外線対策をしている。
[編集] ステルス性を重視した兵器の例
[編集] 軍用機
完全にステルス性重視の設計であるもの:
RCS 低減設計のもの:
[編集] 軍用ヘリコプター
[編集] 軍艦
[編集] 軍用車両
現在開発中の一部の戦車などではステルス性を考慮されているものの、それ以外ではあまり無い。
[編集] その他
- バード・オブ・プレイ(ボーイングで開発が行われていたステルスのプロトタイプ)
- プレデター(SF)
- カメレオン
- フィラデルフィア・エクスペリメント
- フィラデルフィア・エクスペリメント2 超時空決戦