ロジバン
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ロジバン lojban. |
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---|---|
話される国 | 全世界 |
地域 | - |
話者数 | - |
順位 | ランクされていない |
言語系統 | 人工言語 |
公的地位 | |
公用語 | 特定の国家なし |
統制機関 | The Logical Language Group(en) |
言語コード | |
ISO 639-1 | |
ISO 639-2 | jbo |
ISO/DIS 639-3 | |
SIL |
ロジバン (Lojban [ˈloʒban]) は、ログランを元に、より万全な機能と自在な使用を目指して The Logical Language Group が1987年に開発した人工言語である。正式名は「Lojban: a realization of Loglan」。
目次 |
[編集] 特徴
従来のログランからロジバンは以下のような特徴と目的を継承している。
- 述語論理に基づいた文法を有し、複合的な意味を論理的に表現できる
- 表記や構文はいかなる曖昧性や不規則性をもきたさず、コンピュータによる文面の解析を容易にしている
- できるだけ文化的に中立であるよう設計されている
- 自然言語と比べて、より簡潔に学習し使用することができる
- 脈絡的な情感を効果的に表現せしめるための態度指示の複雑な体系を有する
当初のロジバン企画の目的はサピア・ウォーフの仮説を調べることだったが、活発な参加者達の間では他に次のような目標も抱えられている。
- 言語学の総合的研究
- 人工知能の、および機械が物事をどのように理解しえるかについての研究
- 人間と機械との間の意思疎通や、記憶物の存在性にまつわる理論や、自然言語をコンピュータが翻訳するためのシステムの発達に、貢献すること
- 物事をよりよく理解するための道具として言語を使用することの研究的な実践
- 個人的な創造活動のため
話者の少ない言語がとりたてて注目されることはあまりないように、ロジバンについて言及したり説明する書物もまた少ない。表記・音韻・語形・構文・文法について詳細に定義している公式の書籍として、John Woldermar Cowan が1997年に著した『The Complete Lojban Language (CLL)』がある(その外観からしばしば「The Big Red Book」と呼ばれる)。
[編集] 表記と発音
ロジバンのアルファベットは以下の26個からなる。' , . a b c d e f g i j k l m n o p r s t u v x y z(ラテン・アルファベットからh q wを抜いて三つの記号を加えたものとなる)。順序は敢えて ASCII 文字のそれに即するように定められた。
大文字は、固有名詞(cmene)などの不規則的な強勢音節を示すために使われる。しかしロジバンのアルファベットはそれぞれ大小を通じて一つの文字として捉えられる。したがって、強勢の指示に際して、音節中の母音だけを大文字にするか或いは音節全体を大文字にするかは、記述者の好みによる選択となる。たとえば第一音節に強勢が置かれる「Josephine」という英語表記の名は、ロジバンにおいて「DJOzefin」とも「djOzefin」とも表記されうる。このような指示が無い場合には、最後から二番目の音節を強勢とするロジバンの規則にしたがう(つまり「djozefin」の強勢は「ze」とされる)。
句読点をロジバンは基本的に必要としない。文や節の構造関係、また、疑問や感嘆や態度は、句読点ではなく相応の語彙で表される。
ロジバン文字のいくつかは、人によって、違った発音の仕方や異音で口にされることがある。母音は円唇性の具合によって左右されることがあるし、子音は有気性の程によって違ってくることがある。ただし口蓋化はしないという約束がある。以下は、ロジバン話者の典型的な発音を示したものである。
文字 | IPA | 説明 |
---|---|---|
' | [h],[θ] | 無声声門摩擦音または無声歯摩擦音 |
, | --- | 文節区切り記号 |
. | [?] | 声門閉鎖音または休止記号 |
a | [a],[ɑ] | 低母音 |
b | [b] | 有声両唇閉鎖音 |
c | [ʃ],[ʂ] | 無声硬口蓋歯擦音 |
d | [d] | 有声歯閉鎖音または有声歯茎閉鎖音 |
e | [ɛ],[e] | 前舌中母音 |
f | [f],[ɸ] | 無声唇歯摩擦音 |
g | [g] | 無声軟口蓋閉鎖音 |
i | [i] | 前舌高母音 |
j | [ʒ],[ʐ] | 有声硬口蓋歯擦音 |
k | [k] | 無声軟口蓋閉鎖音 |
l | [l],[l̩] | 有声歯茎側面接近音(単独で音節を形成できる) |
m | [m],[m̩] | 有声両唇鼻音(単独で音節を形成できる) |
n | [n],[n̩],[ŋ],[ŋ̩] | 有声歯鼻音または有声軟口蓋鼻音(単独で音節を形成できる) |
o | [o],[ɔ] | 後舌中母音 |
p | [p]] | 無声両唇閉鎖音 |
r | [r],[ɹ],[ɾ],[ʀ], [r ̩],[ɹ̩],[ɾ̩],[ʀ̩] |
R音(単独で音節を形成できる) |
s | [s] | 無声歯茎摩擦音 |
t | [t] | 無声歯閉鎖音または無声歯茎閉鎖音 |
u | [u] | 後舌高母音 |
v | [v],[β] | 有声唇歯摩擦音 |
x | [x] | 無声軟口蓋摩擦音 |
y | [ə] | 中舌中央母音 |
z | [z] | 有声歯茎摩擦音 |
この表では、<r> を除き、推奨される発音が IPA 欄中の左端の記号で示されている。/p/ や /t/ や /k/ といった無声破裂音は、一般的に有気だがそれは必須ではない。
破擦音 /ʤ/、/d͡z/、/tʃ/、そして /t͡s/ のみられることもあるが、それらは <dj>、<dz>、<tc> そして <ts> といった二つの音素からなる組み合わせを発したものとして考えられる。
<ai>、<au>、<ei> そして <oi> といった組み合わせは二重母音として口にされる。これらを単母音たらしめるには間にコンマを挟んで示す。三重母音はロジバンには存在しない。
母語による習慣的制約によって子音連結の発音の難しさを覚えるという人(日本人など)は、ロジバンの音韻体系の母音との違いを維持するという条件で子音の間に緩衝用の(できるだけ短い)母音を挿入してもよい。選択肢として [ɪ]、[ɨ]、[ʊ] そして [ʏ] が挙げられる([i] の円唇態である [y] は、「i」の現出であるため、望まれない)。結果として口にされる音節は、強勢指示にまつわる約束を含め、ロジバン文法からはまったく無視される。
[編集] 文法
[編集] 品詞
ロジバンには独自の三つの基本的な品詞概念とその下位的区分がある:
- brivla―普通名詞や動詞にあたる。語尾は変化しない。
- gismu―5字からなる、brivla の一般的なかたち、語彙素。CVCCV 又は CCVCV で発音される(C は子音、V は母音)。現在 1324 個の公式な gismu が存在する。
- le'avla―外来語。brivla の一般形である gismu と違って、5文字からなっているとは限らない。
- lujvo― rafsi を元にして造り出される複合語。
- cmene―固有名詞にあたる。
- cmavo―意味の構造に関する不変化詞。冠詞、数詞、時制をはじめとする諸々の修飾語の役割を果たす。冠詞はまた、単数・複数・一式・典型素という性質の違いによって語尾が変化する。多くは rafsi を持っている。
- selma'o― cmavo をさらに細分化する、品詞のような働きをするもの。
また、上記とは別に次のような文法的名称がある:
- sumti―主辞。事物・事象・性質など、概念として指示できるもの全てを表す。名詞句に相当する。
- selbri―賓辞。文中の sumti のあり方を決定する。動詞句に相当する。
- bridi― sumti と selbri すなわち主辞と賓辞からなる論理的連結を一つの単位として呼んだもの。文に相当する。
- tanru―名詞が直結している状態の閉じた構文。
- cnima'o―情感や態度を表すための指示記号。日本語における「すばらしい/すばらしいよ/すばらしいね/すばらしいな」にみられるような違いもこれらによって表現できる。多くは母音からなる。たとえば何かを好ましく思う気持を「.iu」で、幸せを感じている心地を「.ui」で言い表したりする。否定語「nai」を加えて反対の気持を表現することもできる:「.iunai」は「いやだ」「むかつく」、「.uinai」は「かなしい」「つまらない」といった意味合となる。また、組み合わせによってより複雑な心情を描写することもできる:「.iu.uinai」は、恋こがれながらも不運にみまわれていて悲しい、といった情況を表す。
- rafsi―ロジバンの言葉を造るための、1~3字からなる特別な単位。「lojban」自体が、「logji/論理的」の rafsi である「loj」と「bangu/言語」の rafsi である「ban」からなっている。他の例としては、「sampli/コンピュータ利用者」の元となる「skami/コンピュータ」と「pilno/利用者」それぞれの rafsi がある。rafsi は brivla だけでなく lujvo の構成要素でもある:「-gau/~を起こす」という rafsi からは、「gasnu/何かを起こさせる」という brivla のほか、「ctiru'egau/~を消化する」という lujvo が造り出される。ちなみに brivla そのものが lujvo の元となることはない。
インド・ヨーロッパ語族にあるような形容詞や副詞をロジバンは必要としていない。
[編集] 語順
ロジバンの言語類型はSVO型にあたるとされるが、実際の使用においてはSOV型となることもままある。
またロジバンでは、主格・所有格・目的格といった格の違いは基本的に語順によって表される(ただし、前置詞や格助詞にあたる特別な語を使って格をもっぱら指定する場合はこの限りではない)。たとえば「... bramau .../...は...より大きい」では、大きい方が先に挙げられ、小さい方が後に述べられることとなる。何について大きいのか、という計測対象(例。背丈、掌)に関する語句はそのさらに後に記される。(このような記述順序は後置記法と類似する。)また、ロジバン学習者達の間でこのような順序が説かれる際には「x」および順番に即した番号が用いられる。すなわち、「x1 bramau x2 x3」というふうに説かれる。既に述べたように、x1 は大きい方、x2 は小さい方、x3 は背丈や掌にあたる。「君は僕よりも背が高い」にあたる表現の一つとしては「do bramau mi le ka clani/背丈という性質において君は僕よりも勝っている」が言える。他には「fi le ka clani fe mi fa do bramau/背丈という性質について僕は君に負かされている」という言い方もできる。「x」に示される各位置の語句が何を表しているかは、そこに置かれている brivla に左右される。動物・植物の描写では品種・分類名を表す語句が置かれる x2 も、計測的な表現では数値が置かれることとなる。
ロジバン(およびログラン)の合理的な語彙体系を主張する為に次のような英文が冗談として挙げられることがある:
- How many Lojbanists does it take to change a broken light bulb?
- Two: one to decide what to change it into, and one to figure out what kind of bulb emits broken light.
「change」は、「別の状態に変える」とも「交換する」とも「釣銭」とも意味しうる語である。自然言語に存在するそのような多義性は、異なる意味につき別々の語彙がめいめいに用意されているロジバンでは回避される。たとえば「binxo」と書くとき、文中における賓辞の位置が自律的に確定し、「binxo」に先立つ x1 をとって代えるべき何かが x2 に存在するという前提が読み手に与えられることとなり、上の英文で起こりかねない誤解は予防される。
もう一つロジバン信奉者が挙げる比較として、彼等の言う所の自然言語の構文体系が有する曖昧性がロジバン文法との引き合いに出されることがある。以下は日本国憲法序文からの日本語文の引用である:
われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
主語「われら」にたいする述語は末尾の「信ずる」だが、その途上に「無視してはならない」という別の述語が介在しており、また他の語句や読点による不規則的な区分がそこに交わってくるかたちで文の意味構造がやや煩雑となっている。このような文の正しい解釈をもたらすのは習慣による人間的な慣れであってコンピュータによる機械的な読解が難しいものとなる。これにたいしてロジバンの構文体系は、述語論理にもとづいてコンピュータにも人間にも易しく理解できるよう設計されていると主張している。
[編集] ログランとロジバンの違い
ログランという単語は現在、ジェームス・クック・ブラウンが開発したLoglanと、ここから派生した全ての言語を指す、総括的なものとなっている。ブラウンが組織したThe Loglan Institute = TLIは、ログラン言語そのものをLoglanと呼び続けているため、この項の中では、派生した言語は「ログラン」や「ログラン派生語」と呼ばずに「TLI言語」と呼ぶ必要がある。
ロジバンとログランの最大の差は語彙である。ワシントンDCの分裂派(のちにLogical Language Group = LLGと改称)は、1986年にブラウンからの著作権についてのクレームにより、語彙を再作成する必要に迫られた。その後、長い法廷係争の末、著作権に関するブラウンのクレームは無効となった。しかし、その時までには新しい言語用の新しい語彙が一部固まりつつあり、これが支持者からLojban: A realization of Loglanと呼ばれた。
5文字で統一された語彙セットは、最初に再作成された語彙であった。ロジバンのための単語作成は、ログランと同じ作成法則で作られた。すなわち、語彙の候補は、この世で最も話された言語のうち、いくつが等価的な読みを持っていたかによって選ばれた。その後、この単語が文字を共通にしていた言語の話者数を掛けた。ロジバンの基礎語彙再作成にあたってのログランとの違いは、各言語の話者数の重み付けを変えたことである。この結果、単語の多くは英語と中国語の読みから得られた。たとえば、英語で"normal"(通常)を表す単語は、ログランではnormaであったが、ロジバンではcnano(中国語:「常」、ピン音:「cháng」となる。
言語の文法が作られたと共に、文法的な言葉もロジバンに徐々に付け加えられた。
ログランとロジバンは本質的に同じ文法を持ったままである。また、上記の類型学の項で触れたほとんどの事柄は、ログランにもそのまま当てはまる。この二つの言語間ではほとんどの単純な文章を一語ずつ翻訳することができるかもしれない。しかしながら、文法は、詳細において異なり、また形式の基礎においても異なる。ロジバンの文法はyacc形式に合わせて設計されており、少数のプリプロセッサの記法も取り入れている。ログランはさらに機械文法も取り入れている。しかし、これらは決定的ではない。ログランの文法は、数十年を通して変わらなかった文の比較的小さな集成に基づいており、それらが不一致な場合は、先行する方が採られる。
英語の述語で語る時、これら二つの言語間にはさらに多くの違いがある。ブラウンが書いたところによれば、多数の単語は英語、ラテン語、ギリシャ語に基づいており、これらのうちいくつかは、わずかに異なる意味ながら、既に確立された。一方でロジバン陣営は、文法用語を自由にロジバンそのものから借用した。従って、言語学者がRoot(根)またはRoot word(根語)と呼ぶ用語を、ログランではprimitivesまたはprimsと呼び、さらにロジバンではgismuと呼ぶ。ログランでのlexemeと、ロジバンでのselma'oは、言語学で言うところのlexeme(語彙項目)とは異なる。これらは実際には話法の一部であり、下位分類としての文法用語群または小辞は、ログラン話者はlittle wordsと、またロジバン話者はcmavoと呼ぶ。これらの文法構築を、ログランではmetaphor(暗喩)と、ロジバンではtanruと呼ぶ。これは実際には暗喩ではないが、修飾語-被修飾語、または名詞-名詞といった構築関係になる。ログランでは借用語をシンプルにborrowingと呼ぶが、ロジバンではfu'ivlaが使われる。これは恐らく、ロジバンではログランと異なり、CVテンプレートのセットが借用語のために予約されているからである。
ロジバンのための新しい音韻論では、一致するqおよび母音のwは削除された。また、一致するxとhは取り替えられた。子音 ' (アポストロフィー)は国際音声記号上で言う[h]の役目を与えられた。しかし、これは母音間にしか現れない。また、形態論と音韻論の議論では、これは適切な子音ではないが、「無声わたり音(半母音)」であるとされている(この音声は実際の話者間ではもっぱら[θ]として話される)。ロジバンのために厳密な音素配列体系が製作されたが、ログランではそのような体系は作られていないように見える。
[編集] ロジバンのロゴ
ロジバンのロゴは、LLG(Logical Language Group)のメンバーの投票で決定された。デザインは、直交座標系とベン図を元にしたものである。この決定には色の指定はないが、伝統的に直行座標系には赤が、またベン図には青が使用されている。
公式には、このロゴが意味するところは説明されていないが、一つはベン図が述語論理を表し、その一方で直行座標系が合理性、数学、自然科学を象徴していると推定する人もいる。
[編集] 自然言語処理への適用
人工知能研究における自然言語処理の研究分野では、しばしばその研究に直接的に適切でない、自然言語が持つ特性、語彙や文法の曖昧さなどにより、身動きが取れない状態になることがあった。この問題について、何人かの言語学者及び人工知能研究者は、ロジバンのような人工言語を使用することを選んだ。これは、親しみ深い自然言語のニュアンスや微細な点をすべて表現することができるが、たとえそれが無意味語だったとしても、文が何を表現しようとしているかについてのあらゆる混乱を削除するために、論理的に汚されていない文法および綴りを持っているからだと彼等は主張している。
[編集] 批判
チョムスキーに学んだスティーブン・ピンカーは、自著でニュースピークやロジバン、ログバンのようにあいまい性の一切ない『合理的』な言語を作るのは不可能だとし、人間の創造しうる概念は単語数をはるかに上回るので、必ず単語にあいまい性や二義性が出てくるとしている。これに従えばロジバンが『完全な合理性』を発揮できるのは限られた用途にこの言語を使用している限りということになる。またそれ以外にも、あいまい性や二義性のない『合理的』な言語は人間の感情を完全に表すことなどできないという批判が強く、更に言えばロジバンの信奉者が主張する『合理的』という語自身への懐疑も存在している。
[編集] 参考書籍
(すべて英語)
- Cowan, John Woldemar. The Complete Lojban Language. Fairfax, Virginia: The Logical Language Group, 1997. ISBN 0-9660283-0-9
- Nicholas, Nick; Cowan, John Woldemar. What is Lojban?. Fairfax, Virginia: The Logical Language Group, 2003. ISBN 0-9660283-1-7
- Goertzel, Ben: Potential Computational Linguistics Resources for Lojban. Self-published, March 6, 2005. [1](PDFファイル)
- Speer, Rob; Havasi, Catherine: Meeting the Computer Halfway: Language Processing in the Artificial Language Lojban. Massachusetts Institute of Technology, 2004. [2](PDFファイル)
[編集] 外部へのリンク
(すべて英語)