三遊派
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三遊派(さんゆうは)とは、初代三遊亭圓朝を師とし総帥、宗家とする江戸(東京)落語の諸派。
結成は江戸末期。
江戸末期から明治以降は諸派が江戸(東京)には他に初代談洲楼燕枝の柳派、6代目桂文治の江戸桂派(上方の桂派とは別)が混在した。1888年には完全決裂し独自で寄席を開いたり落語を後世に継承していった。 1911年には月給制度開始、大正時代には三遊派と柳派は和解し「東京落語協会」を設立している。
多くは所属落語家は人情噺を得意とした。
[編集] 主な三遊派の屋号・亭号
- 三遊亭
- 橘家(橘屋)
- 立花家
- 橘ノ
- 三升亭(三升家)は三遊派、柳派両方に存在する。三升家小勝
ちなみに三遊派にはほとんどは圓(円)を付けるのが習慣になっている。