千葉郡
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千葉郡(ちばぐん)はかつて下総国に存在した郡。近代以降も千葉県千葉郡として存続。1967年八千代市の市制施行により消滅。
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[編集] 千葉郡の郡域
- 千葉市 - 緑区土気地区(上総国)と宇那谷(印旛郡)を除く全域。
- 佐倉市 - 志津地区(井野の一部)
- 八千代市 - 当初は新川以西。後に全域。
- 習志野市 - 全域。
- 船橋市 - 前原、中野木、飯山満、高根、大穴、神保町以東。
[編集] 歴史
元禄期以前は、現在の習志野市域が葛飾郡に属すなどしており、郡域が確定したのは元禄以降である。
市制・町村制施行直前の1889年3月時点で千葉町と129ヶ村が確認できる。
町村制施行に伴い千葉町、蘇我野村、生実浜野村、椎名村、誉田村、白井村、更科村、千城村、都村、都賀村、検見川村、犢橋村(以上現千葉市分)、津田沼村(現習志野市)、幕張村(千葉市、習志野市に分割)、二宮村、豊富村(現船橋市)、大和田村、睦村(現八千代市分)の1町17村で町村制施行下の千葉郡が誕生。
その後1921年に千葉町が市制施行し、千葉郡を離脱。
1945年の時点で蘇我町、検見川町、千城村、都村、都賀村が千葉市と合併。生浜町、幕張町、津田沼町、二宮町、大和田町が町制に移行し、5町7村で1950年代中ごろの昭和の大合併期までこの状態が維持される。
[編集] 昭和の大合併直前の千葉郡
[編集] 昭和の大合併
[編集] 千葉市
生浜町、椎名村、誉田村、犢橋村は1954年から56年にかけて千葉市と合併。更科村、白井村は55年に2村で合併して泉町となりその後60年に千葉市と合併。
[編集] 船橋市
二宮町、豊富村が1953年から54年にかけて船橋市と合併。
[編集] 八千代市
1954年に大和田町、睦村、印旛郡阿蘇村(新川の東側部分)が合併し、八千代町に。その際高津地区の一部(安生津)を幕張町に分割。
[編集] 習志野市
1954年8月1日に津田沼町が習志野町に町名を変更。同日千葉市の一部(旧幕張町の北部)を編入(実質は合併)して市制施行し、習志野市が成立し千葉郡を離脱。なお、市制施行後、千葉市から編入した地域の一部を再び千葉市に分割している。これは、当時市制の基準であった3万人の人口を満たすための異例の措置だった。 (当初は津田沼町、幕張町、二宮町、大和田町などで大習志野市構想であったが頓挫)
[編集] 幕張町
最も複雑な経緯を取ったのが幕張町で、1954年7月6日に一旦は全町域が千葉市と合併。その後8月1日に実籾、安生津、長作、天戸と馬加地区の一部が習志野市へ。さらにその後8月28日に長作、天戸地区が千葉市に戻った。武石地区は一貫して千葉市に残っている。このような経緯に至ったのは住民間における合併の議論が合意形成を行なわないうちに、強引に合併を行った事による。又津田沼町の大習志野市構想が頓挫した事も影響している。
[編集] 1960年以降
泉町の千葉市合併により1960年から1967年まで八千代町1町のみで千葉郡存続。1967年に八千代市が単独で市制施行し千葉郡消滅。
[編集] 町村の変遷のまとめ
- 1889年4月1日 - 町村制の施行により以下の町村が発足する。
- 千葉町 ←千葉町、寒川村、登戸村、千葉寺村、黒砂村
- 蘇我野村 ←曽我野村、今井村、宮崎村、大森村、赤井村、小花輪村、生実郷
- 生実浜野村 ←浜野村、村田村、北生実村、南生実村、有吉村
- 椎名村 ←茂呂村、中西村、落井村、富岡村、小金沢村、大金沢村、刈田村、椎名崎村、古市場村
- 誉田村 ←野田村、遍田村、平山村、平川村、高田村、東山科村
- 白井村 ←野呂村、和泉村、中野村、川井村、佐和村、五十土村、高根村、北谷津村、多部田村
- 更科村 ←上泉村、下泉村、谷当村、旦当村、下田村、大井戸村、古泉村、富田村、中田村
- 千城村 ←大宮村、小倉村、大草村、金親村、坂月村、川戸村、仁戸名村、星久喜村
- 都村 ←辺田村、貝塚村、矢作村、加曽利村、川野辺新田
- 都賀村 ←萩台村、西寺山村、殿台村、東寺山村、原村、高品村、作草部村、園生村、小中台村、宮野木村
- 検見川村 ←検見川村、稲毛村、畑村
- 犢橋村 ←犢橋村、花島村、長沼新田、小深新田、柏井村、横戸村、六方野原、宇那谷村
- 幕張村 ←馬加村、武石村、天戸村、長作村、実籾村
- 津田沼村 ←谷津村、久々田村、鷺沼村、藤崎村、大久保新田
- 二宮村 ←三山村、田喜野井村、薬園台新田、滝台新田、前原新田、下飯山満村、上飯山満村
- 大和田村 ←大和田村、萱田村、高津村、高津新田、大和田新田、勝田村
- 睦村 ←桑納村、麦丸村、桑橋村、吉橋村、島田村、神久保村、小池村、真木野村、佐山村、平戸村、神保新田(島田台)
- 豊富村 ←楠ヶ山村、大穴村、坪井村、古和釜村、金堀村、神保新田、大神保村、八木ヶ谷村、小室村、小野田村、車方村、行々林村
- 1890年5月23日 - 蘇我野村が町制を施行し蘇我町と改称する。
- 1891年5月1日 - 検見川村が町制を施行し検見川町となる。
- 1891年8月24日 - 大和田村が町制を施行し大和田町となる。
- 1896年4月22日 - 幕張村が町制を施行し幕張町となる。
- 1903年3月3日(6月3日) - 津田沼村が町制を施行し津田沼町となる。
- 1921年1月1日 - 千葉町が市制を施行し千葉市となる。
- 1925年1月1日 - 生実浜野村が生浜村と改称する。
- 1928年11月10日 - 生浜村が町制を施行し生浜町となる。
- 1928年11月10日 - 二宮村が町制を施行し二宮町となる。
- 1937年2月11日 - 蘇我町、都村、都賀村、検見川町が千葉市に編入される。
- 1944年2月11日 - 千城村が千葉市に編入される。
- 1953年8月1日 - 二宮町が船橋市に編入される。
- 1954年1月15日 - 大和田町と睦村が合併し八千代町が発足する。
- 1954年4月1日 - 豊富村が船橋市に編入される。
- 1954年4月1日 - 八千代町の一部(安生津)が幕張町に編入される。
- 1954年7月1日 - 犢橋村が千葉市に編入される。
- 1954年7月6日 - 幕張町が千葉市に編入される。
- 1954年8月1日 - 津田沼町が千葉市の一部(旧幕張町北部:実籾・愛宕・安生津・長作・天戸)を編入して習志野町と改称、即日市制を施行して習志野市となる(長作・天戸は8月28日に千葉市に編入される)。
- 1954年9月1日 - 八千代町が印旛郡阿蘇村を編入する。
- 1955年2月11日 - 生浜町、椎名村、誉田村が千葉市に編入される。
- 1955年3月31日 - 白井村と更科村が合併し泉町が発足する。
- 1963年4月10日 - 泉町が千葉市に編入される。
- 1967年1月1日 - 八千代町が市制を施行して八千代市となり、同日、千葉郡が消滅。