原安三郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
原安三郎(はら やすさぶろう、1884年3月10日 - 1982年10月21日)は実業家。日本化薬 会長、東洋火災海上保険株式会社初代会長、日本化学工業協会会長、政府税制調査会会長などを歴任し、日本財界 の重鎮として活躍した。
徳島県徳島市生まれ。1909年、早稲田大学 商学部首席卒業。1912年、日本化薬の前身である日本火薬製造会社に入社し、後に日本化薬社長に就任した。太平洋戦争中も軍用火薬を製造せず、産業用に徹していたため、戦後の追放を免れた。戦後実業界の中心的存在として、多くの財政要職を歴任した。幾多の経営不振の会社再建に手腕を発揮し、「会社更生の名医」と賞賛された。1963年にはじまった「小さな親切」運動の提唱者のひとりである。1965年 早稲田大学名誉博士学位を贈呈される。1970年 勲一等瑞宝章を受章した。1980年 徳島市 名誉市民となる。近年、氏によって蒐集、秘蔵されてきた安藤広重、葛飾北斎の浮世絵コレクションが発見され、話題となっている。それは風景版画の代表作とともに、稀少な肉筆画を含んでいる。