安井喜内
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時代 | 安土桃山時代から江戸時代前期 | |||
生誕 | 不明 | |||
死没 | 不明 | |||
氏族 | 安井氏 | |||
主君 | 三好康長→豊臣秀次→前田玄以→ 浅野幸長→浅野長晟 |
安井 喜内(やすい きない)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将。豊臣秀次に仕えた若江八人衆の一人。
はじめ三好康長に仕えていたが、秀次が康長の養子になると、秀次の家臣として仕えた。文禄4年(1595年)に秀次が死去すると、前田玄以に仕えた。玄以の死後は浅野幸長に仕え、慶長18年(1613年)に幸長が死去すると、後を継いだ浅野長晟に仕えた。
慶長20年(1615年)の大坂夏の陣では浅野軍の武将として参加し、和泉樫井の戦いで武功を挙げた。その後の行方は不明である。