民事裁判管轄
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民事裁判管轄(みんじさいばんかんかつ)とは、民事訴訟において、特定の事件について、どの裁判所が裁判権を行使するかという分担(管轄)の定めのことをいう。
今日の日本法の民事訴訟においては、原則として、国際裁判管轄・職分管轄・事物管轄・土地管轄のすべてが揃った裁判所が、事件を管轄すると考えられている。但し、合意管轄や応訴管轄も認められる。
いずれにせよ、日本国に裁判権が存在することが大前提であるが、一般には国内における管轄が問題になることが多いので、国内裁判管轄のあとに国際裁判管轄の解説をする。
目次 |
[編集] 国内裁判管轄
[編集] 内容による分類
法律の規定により直接定まる管轄のことを、法定管轄という。
[編集] 職分管轄
取り扱う事務について定める管轄のこと。原則として、第一審は地方裁判所、控訴審は高等裁判所、上告審が最高裁判所が担当する。
[編集] 事物管轄
事件の性質の違いに基づいて定められる管轄のこと。訴訟物の訴額が140万円以下の場合は簡易裁判所、それ以上の場合は地方裁判所が第一審の裁判権を担当する(例外的に高等裁判所が第一審の裁判権を担当する場合もある)。
[編集] 土地管轄
事件について、どの土地の裁判所が担当するかの定めをいう。事件と管轄区域の関連(裁判籍)の有無により定まる。
- 普通裁判籍 - 民事訴訟の原則的な裁判籍(土地管轄)のことで、被告の生活の本拠地に認められる(民事訴訟法4条)。
- 特別裁判籍 - 事件ごとの特殊性に応じて認められる裁判籍(土地管轄)のこと(民事訴訟法5条)。
- 義務履行地を原因とするもの
- 財産権上の訴え:義務履行地(1号)
- 手形・小切手訴訟:支払地(2号)
- 物や権利の所在地を原因とするもの
- 不動産に関する訴え:不動産所在地(12号)
- 登記又は登録に関する訴え:登記又は登録をすべき地(13号)
- 日本国内に住所がない者に対する財産権上の訴え:目的財産・差し押さえることができる被告の財産の所在地(4号)
- 住所が知れない者に対する財産権上の訴え:目的財産・差し押さえることができる被告の財産の所在地(4号)
- 会社その他の社団又は財団(以下「会社等」という)に関する、会社等からの社員(であった者)に対する訴え:会社等の普通裁判籍の所在地(8号イ)
- 会社等に関する、社員(であった者(資格に基づく場合))から社員(であった者)に対する訴え:会社等の普通裁判籍の所在地(8号イ)
- 会社等の役員(であった者)に対する訴えで、役員としての資格に基づくもの:会社等の普通裁判籍の所在地(8号ロ)
- 会社からの発起人(であった者)・検査役(であった者)に対する訴えで、当該資格に基づくもの:会社等の普通裁判籍の所在地(8号ハ)
- 相続権に関する訴え:相続開始のときにおける被相続人の普通裁判籍の所在地(14号)
- 遺留分に関する訴え:相続開始のときにおける被相続人の普通裁判籍の所在地(14号)
- 死亡によって効力を生ずべき行為(遺贈など)に関する訴え:相続開始のときにおける被相続人の普通裁判籍の所在地(14号)
- 相続債権など相続財産の負担に関する訴えで、相続財産の全部又は一部が相続開始のときにおける被相続人の普通裁判籍の所在地にある場合で、相続権・遺留分・死亡によって効力を生ずべき行為のいずれに関する訴えでもないもの:相続開始のときにおける被相続人の普通裁判籍の所在地(15号)
- 行為地法的なもの
- 不法行為に関する訴え:不法行為地(9号)
- 船舶の衝突その他海上の事故に基づく損害賠償請求訴訟:損害を受けた船舶が最初に到達した地(10号)
- 住所地法的なもの
- 事務所又は営業所を有する者に対する訴えで、その事務所又は営業所における業務に関するもの:当該事務所又は営業所の所在地(5号)
- 船舶債権その他船舶を担保とする債権に基づく訴え:船舶所在地(7号)
- 本国法的なもの
- 船員に対する財産権上の訴え:船舶の船籍所在地(3号)
- 船舶所有者その他船舶を利用する者に対する船舶又は航海に関する訴え:船舶の船籍所在地(6号)
- 義務履行地を原因とするもの
[編集] 強行性の有無による分類
[編集] 任意管轄
法定管轄のうち、当事者の利益を図る目的で定められたもので、当事者の意思で変更することも差し支えない管轄をいう。反対は専属管轄。
- 合意管轄 - 当事者が同意により認めた、法定管轄とは異なる土地管轄のこと。
- 応訴管轄 - 原告の訴えの提起が管轄権のない裁判所になされた場合に、被告が応訴することで認められる管轄。
- 移送 - 裁判により、訴訟係属している事件を、他の裁判所に訴訟係属させることをいう。
[編集] 専属管轄
法定管轄のうち、公益的要請から裁判権が特定の裁判所に専属し、当事者の意思により変更することのできない管轄をいう。反対は任意管轄。
[編集] 国際裁判管轄
[編集] 合意による国際裁判管轄
民事法において当事者の意思が最大限に尊重されていること(民法における私的自治(Privatautonomie)・国際私法における当事者自治(Parteiautonomie)・民事訴訟法における処分権主義や弁論主義など)に鑑みれば、国際裁判管轄についても当事者の合意を尊重すべきだという考えが生じる。日本法には後述の通り国際裁判管轄に関する明文の規定はないが、最高裁判所は、いわゆるチサダネ号事件において、次の通り、その要件について詳しく論じつつ、国際裁判管轄に関する管轄の合意は有効であると判示した(最判昭和50年11月28日民集29巻10号1554頁、読みやすくするために適宜編集する。):
- 「上告代理人〔・・・〕の上告理由第一点について
- 本件訴訟は、上告人が次のような事実、すなわち、
- (一) 日本の輸入業者である株式会社南洋物産(以下「南洋物産」という。)は、ブラジル国の輸出業者であるインスチチュート・ド・アリカル・エ・ド・アルコール(以下「インスチチユート」という。)から本件原糖を買い受けたところ、インスチチユートは、その荷送人として、オランダ国アムステルダム市に本店をおき日本国内に営業所を持つ海運業者である被上告人と海上運送契約を締結し、被上告人から本件船荷証券の発行・交付を受け、これを荷受人である南洋物産に交付した、
- (二) 一方、被上告人は、本件原糖をその所有船チサダネ号に船積してブラジル国サントス港から大阪港まで海上運送したが、チサダネ号の発航当時、これを堪航能力及び堪貨能力のある状態におくことについて注意義務を怠つたため、多数の袋に海水濡れを生じ160万円を下らない原糖の毀損を生じさせたので、南洋物産に対し運送契約上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づき右損害賠償義務を負うに至つたものであるところ、上告人は、南洋物産との間に締結した本件原糖を保険目的とする積荷海上保険契約に基づき、137万6180円の保険金を支払つて南洋物産の被上告人に対する右損害賠償請求権を代位取得した、との事実を主張して、被上告人に対し右同額の損害賠償金及びこれに対する商事法定利率による遅延損害金の支払を求めて、被上告人の営業所所在地を管轄する神戸地方裁判所に提起したものであるが、被上告人は、本件船荷証券には「この運送契約による一切の訴は、アムステルダムにおける裁判所に提起されるべきものとし、運送人においてその他の管轄裁判所に提訴し、あるいは自ら任意にその裁判所の管轄権に服さないならば、その他のいかなる訴に関しても、他の裁判所は管轄権を持つことができないものとする。」旨の英文の管轄約款(以下「本件管轄約款」という。)が存在し、本件管轄約款は国際的専属的裁判管轄の合意であるから、本件訴訟については、アムステルダム市の裁判所が専属管轄権を有し、神戸地方裁判所は裁判権を有しないとの本案前の抗弁を主張したものである。
- 原審は、上告人主張の前記(一)の事実及び被上告人の本件管轄約款に関する主張事実を認めたうえ、
- (一) 本件国際的裁判管轄の合意の有効性の判断は、法廷地であるわが国の国際民訴法によつて決定されるべきものであるところ、インスチチユートが本件船荷証券の交付を受けた際に特に本件管轄約款によらない旨を表示し又はその後に本件管轄約款に関し異議を述べたことを認めるに足りる証拠がなく、本件管轄約款は、被上告人とインスチチユートとの間において、本件運送契約による運送中に生じた損害賠償を求める訴訟につき、それが債務不履行を理由とするか不法行為を理由とするかを問わず、すべてわが国の裁判権を排除してアムステルダムの裁判所を第一審の専属管轄裁判所として指定する旨の合意として成立したことが明白である、
- (二) 右の趣旨の合意は、わが国の裁判権に専属しない事件に関するものであり、かつ、当該外国法上でその国の裁判所が当該事件につき管轄権を有することが明らかである限り、原則として有効であると解すべきところ、本件はわが国の裁判権に専属しない事件であり、かつ、アムステルダムの裁判所は被上告人が被告として提起されるべき本件と同種の訴訟について法定の管轄権を有することが明らかであるから、本件国際的専属的裁判管轄の合意は有効であり、本件管轄約款を記載した本件船荷証券上に荷送人であるインスチチユートの署名は存在しないが、この一事によつてその効力が左右されるものではない、
- (三) いわゆる船荷証券統一条約及びこれに基づく国内法である国際海上物品運送法の精神に照らすと、船荷証券上の裁判管轄約款は、それが運送人による免責約款濫用防止のために本来適用されるべきいわゆる公序法の適用を免れることを目的とし、又は企業者としての経済的優位を不当に利用し合理的範囲を超えて運送人に偏益するなどの場合には、無効とされるべきであるが、本件の事実関係のもとにおいては、いまだ、本件管轄約款が公序法に違反すると認めるに足りない、
- (四) 本件管轄約款による管轄の合意の効力は、対象とされた法律関係が当事者間においてその内容を自由に定められる性質のものであるから、インスチチユートの特定承継人である上告人にも及ぶと判示し、被上告人の前示抗弁を容れて、本件訴を却下すべきものとした。
- 一 所論は、国際的裁判管轄の合意についても、民訴法25条2項(現在の民事訴訟法11条2項に相当)所定の管轄の合意と同様、書面をもつてすることを要すると主張するが、国際民訴法上の管轄の合意の方式については成文法規が存在しないので、民訴法の規定の趣旨をも参しやくしつつ条理に従つてこれを決すべきであるところ、同条の法意が当事者の意思の明確を期するためのものにほかならず、また諸外国の立法例は、裁判管轄の合意の方式として必ずしも書面によることを要求せず、船荷証券に荷送人の署名を必要としないものが多いこと、及び迅速を要する渉外的取引の安全を顧慮するときは、国際的裁判管轄の合意の方式としては、少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りると解するのが相当であり、その申込と承諾の双方が当事者の署名のある書面によるのでなければならないと解すべきではない。論旨は、採用することができない。
- 二 所論は、本件管轄約款が専属的合意であることが明確ではないと主張するが、本件訴訟については、被上告人の本店所在地であるアムステルダム市の裁判所及びその営業所所在地を管轄するわが国の裁判所がいずれも法定の管轄権を有すると解されるところ、本件管轄約款はそのうち前者のみを残して他の裁判所の管轄権を排除する趣旨であることが明らかであり、かような管轄の合意は専属的合意と解するのが相当である。これと同旨の原審の認定判断は、正当として是認することができる。
- 同第二点について
- 一 ある訴訟事件についてのわが国の裁判権を排除し、特定の外国の裁判所だけを第一審の管轄裁判所と指定する旨の国際的専属的裁判管轄の合意は、
- (イ) 当該事件がわが国の裁判権に専属的に服するものではなく、
- (ロ) 指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有すること、
- の二個の要件をみたす限り、わが国の国際民訴法上、原則として有効である(大審院大正5年(オ)第473号同年10月18日判決・民録22輯1916頁参照)。
- 所論は、当該外国の裁判所が同種の管轄の合意を有効と判断することを要すると主張するが、前記(ロ)の要件を必要とする趣旨は、かりに、当該外国の裁判所が当該事件について管轄権を有せず、当該事件を受理しないとすれば、当事者は管轄の合意の目的を遂げることができないのみでなく、いずれの裁判所においても裁判を受ける機会を喪失する結果となるがゆえにほかならないのであるから、当該外国の裁判所がその国の法律のもとにおいて、当該事件につき管轄権を有するときには、右(ロ)の要件は充足されたものというべきであり、当該外国法が国際的専属的裁判管轄の合意を必ずしも有効と認めることを要するものではない。本件において、原審の確定したところによれば、アムステルダムの裁判所が本件訴訟につき法定管轄権を有するというのであるから、原判決が所論の点について判示しなかつたことをもつて、所論の違法があるとはいえない。
- 二 所論は、国際的専属的裁判管轄の合意が有効と認められるためには民訴法200条4号(現在の民事訴訟法118条4号に相当)の相互の保証のあることを要すると主張する。しかしながら、外国判決により当該外国において強制執行をすることは一般的に可能であり、相互保証が存在しないためわが国における右外国判決による強制執行が不能であるとしても、前記一(ロ)の要件を欠く場合とは異なり、権利の実現が全く閉ざされることとなるものではなく、管轄の合意は本来判決手続についてされるものであるが、当事者は、その合意をするにあたつて、当該外国における強制執行の実効性を考慮しうるし、また、この強制執行のため費用等の負担の増大をきたすことがあるが、かかる負担の増大は、管轄の合意に伴う附随的結果にほかならない。したがって、わが国の裁判権を排除する管轄の合意を有効と認めるためには、当該外国判決の承認の要件としての相互の保証をも要件とする必要はないものというべきであり、このように解しても当事者が右合意によつて通常意図したところは十分に達せられるというべきである。
- 論旨は、採用することができない。
- 同第三点について
- 所論の点に関する原審の認定判断もまた、正当である。原審は、本件管轄約款の趣旨を合理的に探究してその管轄の合意の対象となる法律関係についての当事者の意思が原判示のとおりであると認定したのであつて、債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権との競合を否定する趣旨を判示したのではなく、右の管轄の合意が本訴についてのわが国の裁判権を排除する効力を有するかどうかの本案前の抗弁に対する判断にあたり、法廷地であるわが国の国際民訴法がその準拠法となる旨を判示したのにすぎないのである。所論は、原判決を正解せず、独自の見解に基づいて原審の判断を非難するものであり、論旨は採用することができない。
- 同第四点について
- 被告の普通裁判籍を管轄する裁判所を第一審の専属的管轄裁判所と定める国際的専属的裁判管轄の合意は、「原告は被告の法廷に従う」との普遍的な原理と、被告が国際的海運業者である場合には渉外的取引から生ずる紛争につき特定の国の裁判所にのみ管轄の限定をはかろうとするのも経営政策として保護するに足りるものであることを考慮するときは、右管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に違反するとき等の場合は格別、原則として有効と認めるべきである。したがつて、被上告人の本店所在地の裁判所を専属的管轄裁判所として指定した本件管轄約款は、所論指摘の諸点を考慮に入れても、公序法に違反する無効なものであるということはできない。これと同趣旨の原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。」
以上の最高裁の判示した国際裁判管轄の合意の有効要件を要約すると、次のようになる。
- 形式的有効要件(方式):少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りる。その申込と承諾の双方が当事者の署名のある書面によるのでなければならないと解すべきではない。
- 日本の裁判所の国際裁判管轄を排除する形で、専属管轄を定める合意であれば、更に次の要件をみたさなければならない:
- 当該事件が日本国の裁判権に専属的に服するものではないこと。
- 指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有すること。
実質的有効要件については、明確でないので、補って考える必要がある:
- 4点目で公序法に言及しているが、当然の前提として、合意が公序良俗に反する場合は無効である。
- 1点目で、民事訴訟法の規定の逆推知に言及しているが、民事訴訟法11条の要件のうち、この判決により明確に排除された書面性の要件を除く、(a) 第一審に関するものであること、(b) 一定の法律関係に基づく訴えに関するものであることの2つについては、必要と解されている。
なお、チサダネ号事件判決(1975年)は、合衆国連邦最高裁判所(Supreme Court)のBremen対Zapata事件判決(The Bremen v. Zapata Off-Shore Co., 407 U. S. 1、1972年)の強い影響の下で出された判決だといわれる。
[編集] 法定の国際裁判管轄
当事者間に国際裁判管轄に関する合意がない場合には、国際裁判管轄が法定されることになる。
国際裁判管轄の立法主義には考え方の対立がある。
国際裁判管轄とは、理念としては、国家間(又は、国家を異にする裁判所の間)でいかに裁判管轄を分配するかの問題である。このような考え方からすれば、国際裁判管轄は国際法により決定されるべきだという考え方になる。この考え方を国際主義という。
これに対して、国家が主権的である以上、裁判権の行使については国家の裁量で決定されるべきだという考え方がある。このうち、普遍的な利益を考慮要素として決定すべきであるという考え方を普遍主義といい、国益を主たる考慮要素として決定すべきであるという考え方を国家主義という。
現時点においては、国際裁判管轄は主として国内法により決定されるものと考えられている(この結果、国際裁判管轄の規定は、「どこか」ではなく、「あるかないか」のみを規定したものになる)。従って、普遍主義と国家主義のいずれかを採用することになる。国家主義の立法として有名なのが、次のフランス民法の規定である:
- Art. 14. L'étranger, même non résidant en France, pourra être cité devant les tribunaux français, pour l'exécution des obligations par lui contractées en France avec un Français ; il pourra être traduit devant les tribunaux de France, pour les obligations par lui contractées en pays étranger envers des Français.
- Art. 15. Un Français pourra être traduit devant un tribunal de France, pour des obligations par lui contractées en pays étranger, même avec un étranger.
これに対して、日本には明文の規定がない。民事訴訟法の平成8年改正の立法過程においては、国際裁判管轄に関する規定の設置も検討されたが、現実化しなかった。そこで、日本においては、何を国際裁判管轄についての法源とするかについて次の学説の対立がある。
- 逆推知説:民事訴訟法の土地管轄の規定により土地管轄が肯定される場合に、国際裁判管轄を肯定すべきであるという考え方(兼子一など)。民事訴訟法の起草者意思に忠実であるといわれる。
- 条理説(管轄配分説):条理により決すべきであるという考え方。国際的な管轄配分を考慮に入れるべきとし、立法における普遍主義と親和的とされる。
この点について判示した最高裁判所判例と考えられているのが、いわゆるマレーシア航空事件判決である(最判昭和56年10月16日民集35巻7号1224頁)。最高裁判所は、次のように判示する:
- 「論旨は、原審が、被上告人らが提起した本件の訴がわが国の裁判権に服しない不適法な訴であるとして却下した第一審判決を取り消したのは、民訴法4条3項及び5条の解釈適用を誤つたものでありひいては理由不備の違法を犯したものであると主張する。
- ところで、本件は、日本人から外国法人に対する損害賠償請求訴訟であるが、被上告人らの主張によると、Aは、昭和52年12月4日マレーシア連邦国内で上告会社と締結した航空機による旅客運送契約に基づきペナンからクアラ・ルンプールに向け飛行する上告会社の航空機に搭乗していたが、同日右航空機が同国ジヨホールバル州タンジユクバンに墜落したため死亡した、そこで右Aの妻である被上告人B、子である被上告人C及び同Dの3名は、右航空機の墜落という上告会社の航空運送契約上の債務不履行により右Aが取得した4045万4442円の損害賠償債権を各三分の一の割合により相続したとして上告会社に対し各自1333万円の損害賠償の支払を求めるというのである。
- 思うに、本来国の裁判権はその主権の一作用としてされるものであり、裁判権の及ぶ範囲は原則として主権の及ぶ範囲と同一であるから、被告が外国に本店を有する外国法人である場合はその法人が進んで服する場合のほか日本の裁判権は及ばないのが原則である。しかしながら、その例外として、わが国の領土の一部である土地に関する事件その他被告がわが国となんらかの法的関連を有する事件については、被告の国籍、所在のいかんを問わず、その者をわが国の裁判権に服させるのを相当とする場合のあることをも否定し難いところである。そして、この例外的扱いの範囲については、この点に関する国際裁判管轄を直接規定する法規もなく、また、よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状のもとにおいては、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがつて決定するのが相当であり、わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定、たとえば、被告の居所(民訴法2条)、法人その他の団体の事務所又は営業所(同4条)、義務履行地(同5条)、被告の財産所在地(同8条)、不法行為地(同15条)、その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適うものというべきである。
- ところで、原審の適法に確定したところによれば、上告人は、マレーシア連邦会社法に準拠して設立され、同連邦国内に本店を有する会社であるが、Eを日本における代表者と定め、東京都港区ab丁目c番d号に営業所を有するというのであるから、たとえ上告人が外国に本店を有する外国法人であつても、上告人をわが国の裁判権に服させるのが相当である。それゆえ、わが国の裁判所が本件の訴につき裁判権を有するとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、右と異なる独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。」
従って、最高裁判所は、両説を折衷した立場にあると考えることができる。すなわち、条理説をベースとして、条理の内容として逆推知説を採用しているのである。
従って、原則として、民事訴訟法の土地管轄の規定を適用した結果、日本のいずれかの裁判所に土地管轄が認められれば、日本の裁判所は国際裁判管轄を有するということになる。すなわち、国際裁判管轄の原因は、次の通りとなる:
- 被告の普通裁判籍が日本にある場合(民事訴訟法4条1項)。普通裁判籍は、原則として、(a) 住所により、(b) 日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときは居所(職場など)により、(c) 日本国内に居所がないとき又は居所が知れないときは最後の住所により定まるとされるが(民事訴訟法4条2項)、(c)の規定を文字通り適用すると、日本に一度でも住んだことがあれば必ず日本の国際裁判管轄が肯定されるという妙な結論になるので、この規定については、適用を制限すべきと考えられている。
- 特別裁判籍(民事訴訟法5条):国内裁判管轄の項目を参照
但し、特別裁判籍に基づく国際裁判管轄をすべて認めるといわゆる過剰管轄(exorbitant jurisdiction)となるので、判例では、民事訴訟法の逆推知によると条理に反する「特段の事情」を認定し、それにより一定程度で過剰管轄を制限する取扱いが確立している。過剰管轄が生じるのは好ましくない(いわゆるフォーラム・ショッピングなどが生じる)一方、国際裁判管轄を安易に否定すると、国際的な裁判拒絶(Rechtsverweigerung)が生じ、国民の裁判を受ける権利(憲法32条)を侵害することになってしまうので、衡量の難しいところであるが、具体的に判例を見ていこう。
[編集] 応訴管轄
[編集] 補論:forum (non) conveniensの法理
英米法においては、国際裁判管轄が肯定されるような場合でも、forum conveniensでないとして裁判を拒絶する法理があり、これをforum (non) conveniensの法理という。