気動車・ディーゼル機関車の動力伝達方式
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
内燃機関は、回転数に比例して出力が増大するという基本的な性質を持つ。対して鉄道車両や自動車は、発進からの加速時に最大の出力を必要とする。従って内燃機関をこれらの車両に使用する場合には、電気モーターのように静止状態から直結発進することはできない。動力伝達の段階において何らかの形でトルクを増大させる必要が生ずる。 鉄道車両用の動力伝達方式としては、一般に以下の3方式が存在する。
目次 |
[編集] 機械式
非自動の摩擦クラッチと、手動の選択摺動式変速ギアを組み合わせた方式で、自動車で言う「マニュアル車」と同様なものである。
この方式の長所短所は、次のとおりである。
- 長所
-
- 構造が簡易で小型軽量
- 低コスト
- パワーロスがほとんどなく、動力伝達効率が95%以上と極めて高い
- 短所
-
- 運転操作に熟練を要する(普通・大型自動車運転免許が必要)
- クラッチ容量の面から大出力エンジンへの使用が困難
- 複数車両の変速機を遠隔操作できない(総括制御不能)ので、連結運転時は1両ごとに運転士を必要とし、合理化に逆行する
日本では1953年以前の気動車、1950年代までの入換用・軽便鉄道用小型機関車のほとんどが該当したが、小規模・簡易な用途にしか使えないため廃れ、現在、営業運転に用いられる例はない。なお、石川県小松市には、旧・尾小屋鉄道の機械式変速機を持つディーゼル機関車DC121が動態保存されている(以前は同地で動態保存されている気動車キハ1も機械式変速機を備えていたが、その後部品の入手難から液体式変速機に換装されている)。
海外では、近年、流体式トルクコンバータに比べ伝達効率が高く小型軽量という長所を活かしつつ、エンジンの回転数&トルクに応じたスムーズな変速と統括制御を行えるようにする為、電子制御機械式変速機の開発が進みつつある。デンマークでは実用化に向けて時速200kmでの試験運転も行われている。
[編集] 電気式
英語では Diesel(又はGas) electric engine。エンジンで発電機を駆動、発生した電力で電動機を回して走行する方式。発電機を積んだ電車・電気機関車と言えばわかりやすい。
走行用に大容量の蓄電池(バッテリー)を持たないことがシリーズハイブリッド方式との相違点。(日本の電気式気動車#電気式の将来(ハイブリッド気動車)・JR東日本キハE200形気動車 こちらも参照してください)
この方式の長所短所は、以下の通り。
- 長所
-
- 運転操作は簡易。原則的にスロットルを遠隔操作すればよいため、総括制御が容易。
- 変速機、逆転器(機)が不要。電動機は発進時から大きなトルクを発生できるうえ、界磁制御も可能。
- 変速機が無いため数千馬力の大出力エンジンにも無理なく使用でき、特に大型機関車には有利
- 伝達効率は90%程度とかなり良好
- 短所
電気式は1920年代から盛んに用いられ、1980年代に西ドイツで、ヘンシェル-ブラウンボベリィ両社によるDE2500(DB 202)形試作ディーゼル機関車において、現在につながるブラシレス同期発電機と誘導電動機を組み合わせてインバータ制御する方式が確立された。欧米やロシア・中国などの大型機関車は、現在でもほとんどこの方式である。
しかし日本では、技術不足によるエンジンの出力不足と発電効率の悪さ、低規格の線路状況という悪条件が重なって短所ばかりが目立った。機関車では、1950年代に西ドイツやスイスとの技術提携による大出力ディーゼルエンジンの導入でDF50形として実用化されたが、それでもなおD51形蒸気機関車などと比べて重く高価な割に非力であり、後に国産液体式ディーゼル機関車の量産によって置き換えられて淘汰されている。
気動車においても、1930年代や1950年代に少数が製作されたのみで、戦後製のものの多くは液体式に改造された。
近年、高効率エンジンとブラシレス交流機器、インバータ制御の組み合わせにより、JR貨物のDF200形ディーゼル機関車に再び電気式が採用された。
[編集] 液体式(流体式)
気動車の動力伝達にトルクコンバータ(日本では俗にトルコンと呼ばれる。以後トルコンと略)を用いた方式。昔は液圧式と呼んでいたが静油圧方式が登場してから液体式と呼ばれるようになった。
交流電源の整流技術が未発達の頃、「直接式」試作交流電車において、回転数の制御が難しい交流電動機のトルク変動を吸収するために用いられた例もあった。
トルコンとは、比較的低粘度の液体(専用油)を満たして密封したケースの中で、入力軸に油の流れを生むポンプインペラーと、出力軸に油の流れを受けるタービンランナーの二つの羽根車を向き合わせ、それぞれの中間に置かれたステーターと呼ばれる固定子でタービンランナーから戻る油を整流して、戻り油のエネルギーをポンプインペラー側に還元しトルクを増幅する装置である。 このトルク増幅作用が流体クラッチ・フルードカップリングと異なる点。
構造上、入力側と出力側の回転数の差が少なくなるとトルク増幅効果は薄れていき、固定されているステーターが流速の上がった戻り油に対して逆に抵抗となり始め、損失が増えていく。
それを防ぐため、国鉄末期~JR化以降に設計されたものでは、ステーターが一方の方向だけに自由に回転できるよう、ワンウェイ・クラッチ(爪クラッチ)が組み込まれ、さらに負荷や車速の変化に合わせ、トルコンのロック、アンロックをきめ細かく電子制御されるものが主流となっている。
また、トルコンのみでは大きな変速比を得られないため、中・高速域での加速力と低燃費の両立を求められる近年の気動車では、トルコンに頼らない領域(直結段)で2~4段の変速ギアと組み合わされて使われている。
この直結段での多段変速は、見方を変えると、現在では機械式でも総括制御が可能な技術レベルに達していることを証明している。
1950年代に国鉄に採用され、現在(2005年)でも一部で使われている液体式変速機であるTC-2とDF115は、共に戦前に設計された海外の製品を国産化したもので、上記のような変速ギアをもっていなかった(発進~中速はトルコンが受け持ち、中速~最高速は直結)。
当時、機械式、電気式との比較で論じられていたこの方式の長所短所は、次のとおりである。
- 長所
-
- 気動車・小型機関車に使用する場合は、電気式よりも低コスト・軽量・コンパクトに仕上がる
- 総括制御可能
- 機械式よりも運転操作は容易
- 短所
-
- 変速機の構造が極めて複雑で高価
- トルコン内の滑り現象による損失が避けられず、動力伝達効率が80~85%程度と、電気式にやや劣る(トルコン以外に直結クラッチを用いる「ロックアップ機構」の多用で、ある程度改善を図れる)
- 大出力エンジンへの適応性では、電気式に劣る
鉄道用の液体式変速機は、1930年代にドイツやスウェーデンなどで開発された。日本では1953年に国鉄が導入、以来、私鉄も含めてディーゼル鉄道車両のほとんどは液体式変速機を用いている。
世界的に、気動車や小型ディーゼル機関車に多く用いられるが、一時のドイツや日本では、大型ディーゼル機関車にも好んで使われた。多彩な方式があるが、日本で広く用いられているものは以下の2方式何れかの系統に属する。
[編集] リスホルム・スミス型
トルコンは1個で、これに遊星歯車式変速ギアを組み合わせたタイプ。構造的には自動車用自動変速機に類似。変速の制御は、遊星歯車のギア切り替えで行う。比較的コンパクトで、ほとんどの気動車が用いている。
国鉄キハ44500形気動車#リスホルム・スミス式変速機も参照されたし。
[編集] フォイト型
非常に複雑な方式であるが、原理的にはトルコンを2個以上並列で使用し、それぞれのトルコンに専用のギアを備えたタイプ。変速の制御は、使用するギア段のトルコンのみにオイルを満たして動力伝達させ、それ以外のトルコンはオイルを抜いて空回りさせる(充排油式)。リスホルム・スミス型よりも大出力に強いが、スペースを取る。機関車向きな方式。