織田長能
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
織田長能(おだ ながよし、延宝2年(1674年) - 寛保3年6月18日(1743年8月7日))は江戸時代の旗本。高家旗本織田長迢の次男。生母は織田信昌の娘。通称は半八郎、主計、不専。
兄津田長経が病気のために退隠し、嫡子となった。元禄15年(1702年)6月23日、家督を相続する。寄合に所属する。宝永7年(1710年)12月23日、高家旗本に列する。ただし、高家職に就くことはなかった。享保20年(1735年)12月21日隠居し、長男長説に家督を譲る。以後、不専と称する。寛保3年(1743年)6月18日死去、享年70。
正室は柴田康利の娘。4男1女あり。長男織田長説、次男日根野弘恒(日根野弘長養子)、3男柴田康平(柴田康完養子)らがいる。
|
|
|