胚性幹細胞
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胚性幹細胞(はいせいかんさいぼう、Embryonic stem cell: ES細胞)とは動物の発生初期段階である胚盤胞の一部に属する内部細胞塊より作られる幹細胞細胞株のこと。生体外にて、理論上すべての組織に分化する全能性を保ちつつほぼ無限に増殖させる事ができるため、再生医療への応用に注目されている。またマウスなどの動物由来のES細胞は、培養細胞の遺伝子に様々な操作が可能であり、更にそれを胚に戻すことで、生殖細胞を含む個体に参加させることができる。このことを利用して特定遺伝子を相同的組み換えにより個体レベルで意図的に破壊したり(ノックアウトマウス)、マーカー遺伝子を自在に導入したりすることができるので、基礎医学研究では既に広く利用されている。
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[編集] 作製法と性質
その製法は受精卵が胚盤胞と呼ばれる段階にまで発生したところで取り出して、フィーダー細胞という下敷きとなる細胞と一緒に培養をすると、内部細胞塊が増殖を始める。この内部細胞塊は将来的に全身の組織に分化してゆく細胞集団である。増殖した内部細胞塊由来の細胞をばらばらにしてフィーダー細胞に植え継ぐ操作を繰り返し、最終的に「ES細胞株」を作成する。マウスの場合にはLIF(leukemia inhibitory factor: LIF)という分化抑制因子を加える。一方、ヒトES細胞株の場合には「フィーダー細胞」は必要だが、LIFは必要ないとされる。いずれにしても、自発的に分化しやすい細胞であり、全能性ES細胞の状態を保ったままの継代には非常に注意を要する。ES細胞であることを示すマーカーには、Oct3/4, STAT3, Nanogなどの遺伝子の発現がある。
[編集] ヒトES細胞の倫理的問題
ES細胞を樹立するには、受精卵ないし受精卵より発生が進んだ胚盤胞までの段階の初期胚が必要となる。ヒトの場合には不妊治療の際に採取される受精卵が材料となりうるために倫理的な論議を呼んでいる(一般的に、卵子が受精して発生を開始した受精卵以降を生命の萌芽として倫理問題の対象となると見なしている)。先進国においては、例えば米国ブッシュ政権が2001年8月に公的研究費による新たなヒトES細胞の樹立を禁止している様に、いずれヒトになりうる受精卵を破壊する事に対する倫理的問題から現段階でのヒトES細胞の作製を認めない国がある一方、パーキンソン病、脳梗塞、糖尿病など根治の無かった疾患を将来的に治療できる可能性から、その研究を認める国など対応が分かれている。日本においては限定的に認められている。米国においても、公的研究費を用いない形での研究がハーバード大学幹細胞研究所などで行われているほか、カリフォルニア州においては、アーノルド・シュワルツェネッガー知事が認める方向を打ち出すなど大きな社会的議論になっている。また、受精卵を用いるES細胞の新たな作製を回避するために、次の項に述べるような方法も開発されている。 しかし、これらの問題を解決可能な可能性を持つ新しいES細胞の樹立技術の開発が成功している。シカゴのユーリー・バーリンスキーのグループが胚盤胞(blastocyst)以前の受精卵である桑実胚の段階からES細胞を樹立することに世界で始めて成功している。この技術開発により受精卵を破壊せずにES細胞の樹立を行うことが可能になり、これまでの倫理問題に終止符を打つ可能性がある。
[編集] ES細胞を用いた再生医療
ヒトES細胞を用いた再生医療は、現時点ではまだ開発中であり実現はされていない。
ES細胞を再生医療に応用するためには、まずES細胞をある特定の細胞に分化させなくてはならない。これについては、神経細胞や膵臓ベータ細胞などに効率的に分化させる方法が盛んに開発されている。その上で、分化した細胞を選択後、移植することになる。例えば糖尿病患者に対してインスリンを分泌する膵臓ランゲルハンス島(膵島)ベータ細胞に相当する細胞をES細胞の分化によって得て移植するという操作が必要となるが、主要組織適合抗原(MHC)が患者とES細胞の材料となった受精卵とで異なる事が大半であるために、移植しても拒絶されるという問題点がある。 これを克服するために、患者由来の核を有するES細胞を樹立する事ができれば拒絶される事はなく、幅広い応用が可能になる。近年動物においては、体細胞核移植の技術開発により卵子の核を患者の皮膚細胞など体細胞より得た核と交換してクローン胚を得、そこから生体外にて胚盤胞にまで発生を進行させた後にES細胞を樹立する事が可能になっている(ntES細胞)。ヒトにおいても技術的には動物と同様にこの技術を用いてクローンES細胞を得る事は可能であると思われている。だが、成功率が低いため多量の卵子を必要とすること、更にその中途段階にて得られるクローン胚を母体の子宮に戻せばクローン人間を作製する事が可能であるために、先進国各国の大多数において現段階ではヒトクローンES細胞の作製は禁止されてきた。(現在ではクローン個体を作製しないという限定条件下にて、難病治療目的でのクローンES細胞の作製は認められる方向である。)なお、この倫理的問題を解決するために、既に樹立されたES細胞と体細胞を融合させ、多分化能を持つ細胞を作製する手法が開発されつつある。この場合には、体細胞の核が多分化能を持つようにリプログラミング(再作成)させる必要がある。現在、ヒューマンの[体細胞リプログラミング]はシカゴのユーりー・バーリンスキーのグループが既に成功しており、医薬品レベルでの使用可能レベルへの調節中である。 また、ES細胞を生体外にて増殖させ続けると、染色体変異、遺伝子異常が生じて次第に蓄積していく事が明らかとなっており、医療への応用は樹立後間もない株に限られるであろう。こうした遺伝子異常の結果、癌(がん)化する可能性も指摘されている。更に、ES細胞は、ウシ胎仔血清など動物由来の成分を含んだ培地で培養することが一般的であり、ヒトへの医療のためには動物由来成分なしにヒトES細胞を増殖、選択的に細胞分化させることも今後の課題になる。
[編集] ES細胞を使った研究
遺伝子病の患者の核を移植したntES細胞を用いると、この細胞を適切に分化させることで、患者と同じ表現形質を持った体細胞を生検を回避して多量に得ることができるようになる。このような体細胞は、病因の研究や薬剤のスクリーニング(選別)など治療法の開発に有用である。 又、既にシカゴのユーリー・バーリンスキーのグループは遺伝病を持つヒトの胚から、20の胚性幹細胞(ES細胞)株を確立することに成功しており、深刻な遺伝病の治療研究に使用可能な初のES細胞である。又、他にユーリー・バーリンスキーは、現在、遺伝子の異なる200株のES細胞を保有し、これらは、医薬品のスクリーニング(選別)などへの使用が可能である。
[編集] 黄禹錫のヒト胚性幹細胞捏造事件
黄禹錫(当時ソウル大学教授)は、2005年にヒト卵子に患者の体細胞の核を移植することで高効率でオーダーメイド型のクローンntES細胞を樹立したと米国科学雑誌サイエンス誌に報告し、その後もバイオ立国を目指す韓国政府の強力な支援の元、ヒトES細胞バンクの樹立などのプロジェクトが押し進められて来た。しかし2005年12月、卵子の入手方法を廻る倫理的問題に加え、研究成果そのものが捏造であることが判明した。
この事件によってクローニングによるヒトES細胞の製造が可能という前提で進められていた世界中の研究が頓挫し、数年間の停滞を余儀なくされている。
[編集] 体細胞からのES様細胞の樹立
2006年8月25日の科学雑誌Cellに京都大学再生医科学研究所の山中らによる論文が発表された。論文によると山中らはマウスの胚性繊維芽細胞に4つの因子(Oct3/4,Sox2,c-Myc,Klf4)を導入することでES細胞のように分化多能性を持つ細胞(induced pluripotet stem cell,iPS細胞)を確立した。ES細胞マーカーの発現量や分化条件などにおいてES細胞と異なる点があり更なる研究が必要だと思われるが、ES細胞に代わる細胞として大きな注目と期待を集めている。
[編集] 関連項目
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