装甲艦
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装甲艦(そうこうかん)は船舶の分類上木材の骨組みでできた船に鉄の装甲を施した軍艦を指す用語である。甲鉄艦とも言う。
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[編集] 装甲艦の歴史
- 黎明期
日本では織田信長が1576年(天正4年)の7月13日の第一次木津川口の戦いの際、毛利輝元麾下の水軍に焙烙火矢攻撃を受けた事を戦訓として伊勢の大名九鬼嘉隆に新しく建造をさせた鉄甲船という木造の船体の外側に鉄板を貼り付けた大型の軍艦が初の装甲船の例として挙げられ、後の戦闘では焙烙火矢を克服して勝利を得ている。
現在、記録に残る世界初の航洋装甲艦は1859年にフランス海軍が機走可能な装甲艦ラ・グロワールを進水させた。「グロワール」号は排水量5,635トン、163mm後装砲36門、舷側装甲120mmを持ち、速力13ノットを発揮する軍艦史上初の防御装甲を持ち、機関航行可能な軍艦=航洋装甲艦であった。この後すぐに1860年にイギリスの「ウォーリア」号が進水し、この流れに続けと列強各国は挙って機帆装甲艦を建造するようになった。ウォーリア号は排水量9,000トン、速力14.3ノット、20センチ砲38門を備えたが、「グロワール」よりも装甲帯の高さや範囲が不足しており、主力艦として問題があった。これは戦列艦から発達した「グロワール」とは違い、原型が機走フリゲイトであった「ウォーリア」が後に類別が一等航洋装甲帯巡洋艦にされた事からも判断できる通り、主力艦としての性能は持たされてなかったのである。
19世紀後半、ヨーロッパで装甲艦が建造されるようになるとロシア海軍など内海を活動範囲とする海軍で用いられ始め、初期には帆走装甲艦が主であったものの、アメリカ南北戦争で1861年に南軍が装甲艦「マナサス」を就役させて以降は蒸気機関を備える機帆走装甲艦が多数を占めるようになった。装甲艦同士の海戦は同じく南北戦争のハンプトンローズ海戦で行われた。この海戦は決着がつかず、後に装甲を打ち破るために巨砲を搭載する契機となった。
- 20世紀以降
戦列艦から戦艦への過渡期である20世紀初頭以降、全船体を鉄鋼で作る技術が確立されると次第に廃れていった。日露戦争の時点ではすでに第一線からは退いており、第一次世界大戦が始まるころにはほぼ姿を消している。しかし、一部の国では装甲艦に近代化改装を施し、装甲巡洋艦や海防戦艦の替わりとして再就役させる例が見られ、特にポルトガルの装甲艦「ヴァスコ・ダ・ガマ」は1935年まで現役であった。
装甲艦という種別は艦の建造方法を表すものであり、艦の用途に関するものではない。そのため動力も手漕ぎ、帆走や蒸気機関による機走などさまざまなものが用いられ、船の大きさも数百トン程度から一万トンに及ぶものまで実に様々であった。
[編集] 装甲艦の初陣
海戦史上、初めて装甲艦が参加した戦いとして、ヨーロッパの北海でデンマークとプロイセン・オーストリー連合艦隊が参加したヘリゴランド島沖海戦が有名である。また、ヘリゴランド島沖海戦より60日弱先にデンマークとプロイセンがバルト海で交戦したヤスムントの海戦で投入されたとする説、前述の織田水軍と毛利水軍の再交戦で第二次木津川口の戦いで投入されたとする説もあり、今後の研究の結果によっては海戦史が一部書き換えられる可能性もある。
[編集] ジーメンス法
装甲艦を語る上で重要なポイントの一つは船体に用いる金属の質と、その製法である。船舶の歴史上、その素材は木材が主流であった。しかし建造される船舶が次第に大型化するにつれ木材では素材として強度が足りなくなり、価格の高騰が進むようになる。製鉄技術の発達はその問題の解決策となるものであり、薄く延ばした鋼鉄で建造する事で木材を使用するよりも丈夫で軽く、コストを安く押さえる事ができるようになるものであった。
製鉄技術の進歩に伴い小型の船舶には徐々に鉄の船体を用いられるようになったが、大型の船舶でこれを行う為にはさらに高い製鉄技術が必要とされる。イギリスの製鉄業では早期に平炉で高級鋼を生産するジーメンス法が採用されており、鋼鉄板を同強度の鉄板よりも薄く、軽く、高品質に製造する事が可能であった。この為、イギリスでは早くから大型船の鋼鉄化を実現することが出来た。こうした高い技術力を背景として海外から造船の受注が増加により、イギリスは1890年代までにヨーロッパの造船シェアで8割以上を占める造船大国として君臨する事となる。
こうした進歩の結実の一つが1843年に完成した蒸気船グレート・ブリテン号(SS Great Britain)である。グレート・ブリテン号は排水量3675トン、全長98メートル、幅15.4メートルで、当時世界最大の鉄製の客船であった。また、鋼鉄のみで建造された貨物船も1881年に進水されたイギリス製のセルビア号である。装甲艦は、こうした高い製鉄技術や造船設計の進歩を背景とし、時代の要求に伴って産まれてきたのである。
[編集] 関連項目
- 鉄甲船 - 織田信長の命により建造された木造鉄張りの装甲艦
- 大安宅船 - 鉄甲船の別名。
- La Gloire (1859) - 世界初の装甲艦グロワール号の記事。英語版。
- HMS Warrior (1860) - 装甲艦ウォーリア号の記事。英語版。
- SS Great Britain - 世界初の大型鉄船。スクリューを用いた船としても初である。
- 装甲巡洋艦 - 19世紀末から20世紀初頭にかけて各国で建造された。
- ポケット戦艦 - 第二次世界大戦でドイツ海軍が用いた。装甲艦 (Panzerschiff) とも呼ばれる。
[編集] 外部リンク
- ヤスムントの海戦 - ヤスムントの海戦の詳細