アドバンスドフォトシステム
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アドバンスドフォトシステム(Advanced Photo System: APS)は、富士フイルム、イーストマンコダック、キヤノン、ミノルタ、ニコンによって共同で開発された「世界標準規格の新しい写真システム」。1996年4月に販売が開始された。
APSは写真フィルムの名称ではなく、新規格の専用フィルム(IX240)を使用した「進化した写真システム」のことを指す。 規格名の"IX"とは"Information Exchange"の略で、デジタルカメラのExifヘッダのように、撮影時の設定、日付・時間、プリントサイズ・枚数指定、コメント等をフイルムにコーティングされた磁気面に記録し、プリント時に利用できるためこの名がある。240はフィルム幅の24mmから。
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[編集] 概要
画面の露光面積は16.7*30.2mmで縦横比が従来の各種フィルムと比べて横長(9:16)なのが特徴。その基本サイズの左右または上下をプリント時にトリミングすることで、35mm版の通常サイズ(2:3)とパノラマサイズ(1:3)に対応するプリントが可能。これらのサイズ設定は基本的にカメラ側で設定する(一部低価格機にはCサイズ専用もある)。ただし、ラボへのプリント注文時に指定して変更は可能。また、かつて発売されていたAPS用フォトプレイヤーでは各種設定を変更できるものもあった。
- Hサイズ(ハイビジョン/9:16)基本となる画面サイズで、撮影設定に関わらずこのサイズには写る。プリント時には従来のL版と縦は同じで横幅が広くなる。
- Cサイズ(クラシック/2:3)Hサイズの左右をトリミングしたサイズ。従来の35mmフィルムと同じ画面比率で、プリントも同じL版(またはKing版)のサイズ。
- Pサイズ(パノラマ/1:3)Hサイズの上下をトリミングしたサイズ。従来の35mmパノラマ版と同じ。
また、画面サイズが小さいためにで35mm版と同じレンズでも画角が狭くなる。従って、35mm版と比較する場合はレンズの表記に比率を掛けて換算する必要がある。対角画面で換算すると、Hサイズ・Pサイズ=1.25倍、Cサイズ=1.4倍(ハーフ版と同等)となり、例えばAPSの24mmレンズの35mm版相当の画角は24mm*1.25=30mm(Hサイズ時)となる。ただ、Hサイズの場合は画面比率が横長なために、35mm版と同等の画角でもよりワイドさが強調されて見える。
現像後もフィルムはカートリッジの中に入れたまま返却され、焼き増しの注文は添付されるインデックスプリントでコマを確認して行う。しかし、カートリッジに入ったまま返却されるので保管場所に困る、ネガをなくしやすい、という規格立案時点では恐らく想定されていなかったと思われる不満も聞かれる。その後、35mmフィルムを現像した際もインデックスプリントが添付されるようになり、インデックスプリントはAPSならではの特長ではなくなっている。
利点としては、従来の35mmフィルムに比べ、フィルムサイズ=カートリッジが小型であるためにカメラ自体も小型化できる点がある。 他にも、
- 密閉カートリッジなので、フィルムに触れることなく装填でき失敗が少ない。
- 撮影済みのフィルムは装填できないので、二重露光などの失敗がない。
- 撮影途中でフィルム交換ができる(MRC=ミッド・ロール・チェンジ;カメラ側での対応が必要)。
などのこれまでのカメラでは難しいことが簡単になったことがあげられる。
フィルムが小型であることを強調するためか、市場に出た製品のほとんどはコンパクトカメラであった。キヤノン、ニコン、ミノルタからはレンズ交換可能な一眼レフカメラも発売されたが、35mmフィルムと比べて撮影面積が小さいことから、画質が劣ること、交換レンズの互換性の問題からあまり普及しなかった。また、フォトプレイヤーという、現像済みのカートリッジを装着してそれをTV画面へ映し出す装置も発売されていた。かつてのスライド投影機のAPS版とも言えるが、BGMをつけたりカット間効果をつけながらの自動スライドショーを行ったりとより進化していた。またフィルムのIX情報を修正したりする機能もあった。こういった機能は後のデジタルカメラの閲覧ソフトに継承され発展していった。
[編集] 推移と現況
APSはこれまでのカメラシステム(フィルム、カメラ、DPE)を刷新し、関連市場の浮揚を狙ったものであったが、35mmフィルムの優位性、同時期に普及しだしたデジタルカメラと、写真画質カラープリンタの急激な性能向上により、あまり普及しなかった。2002年のフィルム販売においてIX240フィルムのシェアは、ロールフィルムが出荷本数の約12%、レンズ付きフィルムが同約29%である。2002年時点で既にコダック、ニコン、コニカミノルタらがAPSカメラの製造・販売から撤退し、その後も他のメーカーの撤退が相次ぎ、2007年現在では日本国内では発売されている機種はない。 また、フィルムについては主要3社のうちコニカミノルタ(当初コニカ)は現在撤退、富士写真フイルムがネガカラーのNexia(ISO400)を、コダックが同じくネガカラーのAdvantix(ISO200/400)を生産しているのみとなる。かつてはISO100の高画質タイプやISO800の高感度タイプ、またリバーサルも商品化されてはいたものの、市場規模の縮小に伴い現在は生産されていない。ただし、富士写真フイルムが生産しているレンズ付きフィルム「写ルンですMini」の一部ではISO1000や1600等の高感度タイプを用いられている製品もまだ存在している。
[編集] 過去の主要機種
(メーカー名は略称)
- 一眼レフ
- EOS-IXシリーズ(キヤノン)・・・同社の35mm一眼レフ・EOSシリーズと共通のEFマウントを採用しており、その名称からもEOSシリーズのAPS版という位置づけ。初号機のIXEは本体にステンレス素材を用いており、IXYにも通じるBox&Circleを基調とした近未来的でメカニカルなデザイン。後に追加された普及機のIX50はEOS-Kissに似たカジュアルかつオーソドックスなデザイン。尚、カメラ本体と同色のレンズも発売されていた。
- Proneaシリーズ(ニコン)・・・同社の35mm一眼レフ・Fシリーズと共通のFマウント(Ai-S)を採用しているが、別シリーズ扱い(この辺はかつての35mm一眼レフ普及機シリーズ・ニコマート等に準じたものか)。初号機の600iは同社の35mm中級機F70Dベースの本格派。デザインも同時期のFシリーズと統一性のある質実剛健なもの。後に追加された普及機のSは一転「ウーマンズ・ニコン」を標榜し、銀の本体色に紫のアクセントを配した曲面基調のスタイリッシュなデザインとなった。尚、シリーズ専用のIXニッコールレンズも発売されていた。このシリーズは基本的に絞り制御をカメラ側で行うため、絞りリングがないのが外観上の特徴。
- Vectis-Sシリーズ(旧ミノルタ)・・・APSフォーマットに最適化させたという新規設計のVマウントを採用。そのためレンズもかなり小型化されている。また、本体・レンズ・ストロボを含むシステム全体がJIS保護等級2級(水しぶき程度の防水)の防水性能を持っている。初号機のS-1と後に追加された普及機S-100がある。外見的には共通したデザインで、プリズムの代わりにミラーを用いたリレー光学系ファインダーのために軍艦部がフラットなのが特徴。ミノルタはこの規格をデジタルとの共用規格にしようとしていた節があり、実際に製品(Dimage RD3000)も発売されていたが、デジタルカメラが発展途上のうちに肝心のAPS市場のほうが縮小してしまったため、結局はレンズ資産の豊富な35mm版のAマウントになった。もしもこの規格ベースで進んでいれば全防水のコンパクトなデジタル一眼レフが現れていたかも知れず、惜しまれるところではある。
- Centurionシリーズ(オリンパス)・・・レンズ固定式一眼レフ。同社が35mm版で発売していたLシリーズのAPS版。初号機のCenturionと改良機のCenturion-Sがある。
- Epion4000シリーズ(富士)・・・レンズ固定式の一眼レフ。Centurionとスペックがほぼ共通しており、オリンパスのOEMか共同開発と思われる。
- Samurai ixシリーズ(京セラ)・・・レンズ固定式の一眼レフ。同社のかつてのヒット作、ハーフ判一眼レフ"Samurai"のAPS判。
- 高級コンパクト
- Tix(コンタックス;京セラ)・・・同社の35mm版高級コンパクト・Contax-TシリーズのAPS版(T+ix)。シリーズ共通の高品位なチタン素材ボディとツァイスレンズ(Sonnar T* 28mm F2.8)を持つ。デザインやシャッター機構は後年の35mm高級コンパクト・T3に受け継がれている。レンズ絞り環で絞り優先AE撮影も可能な、APSコンパクトとしては稀有な機種。
- コンパクト
- IXYシリーズ(キヤノン)・・・言わずと知れたAPS界のビッグネーム。APS発売当初に高品位な仕上げのステンレス素材ボディとBox&Circleと呼ばれた明快なデザインによって大ヒットし、APS普及の牽引車となった。その影響は大きく、後にデザインコンセプトがデジタルカメラにも引き継がれてヒットしたほど。基本モデルはオリジナルモデルから続く3桁系と言われるシリーズで、概ね百位がグレード、十位がズーム倍率を示す。2桁系はプラ素材の普及機。iは3桁系の後継機で、シリーズ最後のフラグシップモデル。他に高機能機のGがある。尚、単焦点機の310はF2.8というこのクラスでは稀な大径レンズを持っている。
- Nuvisシリーズ(ニコン)・・・2/3桁系は普及機。他に一眼レフFシリーズのデザインを模した黒地に赤アクセントのVや、カプセルボディの高品位タイプSシリーズがある(S2000は2倍ズームと4色プラボディの普及機)。
- Vectisシリーズ(旧ミノルタ)・・・2/3桁系は普及機。他にカプセルボディの高品位タイプとなる4桁系(2000/3000)がある。
- Efinaシリーズ(ペンタックス)・・・オリジナルモデルはAPSコンパクトとしては珍しくバルブ撮影まで可能な多機能機だったが、後にフルオートの高品位タイプ、Tシリーズを追加。
- NewPic/i-Zoomシリーズ(オリンパス)・・・普及機となるNewPicシリーズと、同社の35mm版生活防水カメラ[[μ]](ミュー)のAPS版的位置付けのi-Zoom60/75(2桁系)、高品位タイプのi-Zoom2000/3000(4桁系)がある。
- Epion/Nexiaシリーズ(富士)・・・普及機のEpion(2桁/3桁系)、高品位機/高機能機のEpion(4桁系)がある。尚、Epion4桁系のうち特にカプセルボディの1000/2000系は同社の35mm版高品位コンパクトに倣ってTiaraのサブネームが付されている。低価格の2桁系には児童向けのキャラクター商品としてサンリオキャラクター(ハローキティ、マイメロディ)等のイラストをプリントされたものもあった。後に同社のAPSフィルムと同ブランド名を付されたNexiaシリーズに交代し、カプセルボディのTiaraも2倍ズームへと進化した。特筆すべきはペンダント型というユニークな形状と低価格でヒットしたQ1シリーズで、当初単焦点機のみだったが後に2倍ズーム機や多彩なカラー/デザインバリエーションが発売された。尚、NexiaQ1は日本国内では最期まで残っていたモデル。
- Revio/SuperBigMiniシリーズ(コニカ)・・・参入当初は35mm版のヒット商品BigMiniに倣ったSuperBigMiniシリーズを発売していたが、後にその小型化路線を更に追求したRevioシリーズを展開。オリジナルモデルから分岐した低価格でカジュアルユースのC系(CL,CZ)と高品位なZ系(Ⅱ,Z2,Z3)に大別されるが、いずれもセルフポートレイト用の折り畳みミラーが標準添付され、それを軍艦部に取り付けられるのが特徴(初期ライカの折り畳みファインダのようである)。
- Advantixシリーズ(コダック)・・・参入当初はごくオーソドックスな機種に終始していたが、後にレンズカバーがヒンジで上へ開いてそのままストロボになるというユニークなシリーズを発売。中でもPreviewは、ファインダにCCDを組み込んで撮影直後の画像を背面の液晶モニタで確認できるユニークな機種。
- Ultimaシリーズ(京セラ)・・・上にContaxが控えていたためか、オーソドックスな普及機に終始したようである。
- C11(ライカ)・・・ライカ唯一のAPSカメラ。高品位な造りではあるが内容はごく普通の3倍ズームコンパクト。レンズは無銘。
- MacroMax-FR2200(ゴコー)・・・接写に強い(最短25cm)のが特徴。同社35mm版MacroMaxシリーズのAPS版。
- 防水タイプ(ダイビング用途)
- IXY-D5(キヤノン)・・・水深5m防水機能。
- Vectis-WetherMatic(旧ミノルタ)・・・水深10m防水機能と対衝撃シェルを持つへビィデューティ仕様。このタイプとしては珍しい1.7倍ズーム。
- Vectice-YellowAngel(旧ミノルタ)・・・水深5m防水機能。
[編集] 他フォーマットへの影響と関連
- 現在の35mmフィルムの同時プリント時に付いてくるインデックスプリントは元来APSの規格。後に35mmへも援用された。
- フィルムサイズの基本となるHサイズは、ハイビジョンテレビの画面比率から設定された。最近、デジタルカメラでも同様のトリミングによってHサイズとCサイズ等を設定できる機種が現れている(松下電器Lumix-LXシリーズ)。
- フィルムサイズの画面比率が35mm版と同等のCサイズは、かつてのハーフ版とほぼ同サイズ。また、これとほぼ同等の面積を持つデジタルカメラ(特に一眼レフ)の撮像素子をAPS-Cサイズと呼ぶのも、これに由来する。
- 特に影響が顕著であったのがコンパクトデジタルカメラへのデザインで、当時低迷中のキヤノンがIXYを模して発売したIXY-Digitalシリーズは大ヒットし、キヤノンのシェアと認知度を大幅に増やしたのみならず、それまでスペック競争に明け暮れていた競合他社のスタイリッシュ・コンパクト機への参入を促し、結果として一大市場を築きあげ今に至っている。同様の例としては旧コニカのDigital-Revioシリーズ等がある。また、一眼レフとコンパクト機の違いはあるが、ニコンのPronea-Sのデザインモティーフは後の同社のコンパクトデジタルカメラCoolPix880系(880/885/4300等)に援用されている。