シテ島
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シテ島(-とう; Île de la Cité)は、パリの中心部を流れるセーヌ川の中州である。パリ市の最も古い部分である。ユリウス・カエサルの『ガリア戦記』には、すでに紀元前1世紀に住民(パリーシー族 en:Parisii)がいたことが述べられている。
シテ島にはノートルダム大聖堂とその向かいにパリ警視庁。その脇に、オテル・ド・デュー・パリがある。文字通り訳せば、「神の宿 パリ」になるが、パリ市民病院のこと。旅の病人を宿泊させ、病になれば看病した教会、巡礼教会からの発展の名残である。近代外科医学の開拓者で、床屋医者の出身でもある外科医アンブロワーズ・パレ(Ambroise Paré)が勤務していた病院としてもその名が知られている。
また、この島はとても狭いので、ここの住民たちは夜も一定の時間を過ぎるとトイレの水は流さない等、互いに気配りしつつ一緒に住んでいくことの不便さを味わってきた。ここから市民(シテ島に住むもの、変じてシティズン、citizen)という言葉が発生したという。
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