ナン・マトール
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ナン・マトール遺跡(Nan Madol)は、ミクロネシア連邦のポンペイ島にある13世紀~15世紀の巨石構築物群である。
総面積40m2の92の人工島からなり、伝承によると行政、儀礼、埋葬などそれぞれの島で機能分担していたと言われる。伝承や遺物の検証からすると政治・宗教の拠点となった水城であったと考えられる。
その中のナン・タワシ(ナン・ダワシ)と呼ばれる墓(宮殿)は、シャウテロール朝最後の王シャウティモイの王墓であると伝えられてきた。1970年に遺跡の墓を掘り起こしたドイツ人総督が直後に不慮の死を遂げ、ポンペイでは遺跡の祟りだと信じられている。この遺跡については現在でも謎が多く、不明な点が多い。
島には柱状の黒褐色玄武岩を縦横交互に積み重ねた囲壁が築かれている。玄武岩は付近のジョカージ島から運ばれたが、その玄武岩は自然に五角形または六角形に割れるため、加工が少なくて済む。
日本では源為朝によって築かれたという伝説がある。また、イギリスのJ・チャーチワードはムー大陸の聖都ヒラニプラであると主張し、ニュージーランドのJ・M・ブラウンはパシフィス大陸の首都であると主張した。