フェルドウスィー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フェルドウスィー(ペルシア語: فردوسی, Ferdowsī、 ابو القاسم منصود ابن حسن فردوسى طوسى Abū al-Qāsim Manṣūr ibn Ḥasan Firdawsī Ṭūsī 生没年934年-1025年)は、サーマーン朝およびガズナ朝時代に活躍したペルシア詩人である。イランのホラーサーン中部トゥースの地主階層(デフカーン)の出身で、12世紀初期の『四つの講話』の作者ニザーミー・アルーズィーによれば、トゥース近郊のタバラーン地区のバージュという大村で生まれたという。土地からの収益だけで不自由なく暮らせるほど大変に裕福であったと伝えられる。正則アラビア語および古典的な近世ペルシア語風に読んで「フィルダウスィー」(Firdawsī)と呼ばれることもある。
ペルシア歴代の王や英雄を詠った叙事詩『シャー・ナーメ(王の書)』がその代表作で、30年以上の歳月を費やし約6万対句(バイト)の大作としてヒジュラ暦400年(西暦1009年、1010年)に完成した。アラブ帝国に征服されたペルシア民族の精神を高揚させるために作ったという。ガズナ朝の君主スルターン・マフムードに献呈したが、その努力を評価されず失意のうちに郷里で没した。タバラーン市街のフェルドウスィー所有の庭園に埋葬されたという。
ちなみに、「フィルダウス」(Firdaws)とは古代ペルシア語に起源する「パラダイス」の中世ペルシア語および近世ペルシア語形で、パラダイス同様「楽園・天国」の意味である。
この「フェルドウスィー」は、イスラームに関連した書きかけ項目です。 記事を加筆・訂正してくださる協力者を求めています。 (ウィキポータル イスラーム/ウィキプロジェクト イスラーム) |