ベルンハルト (オランダ王配)
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ベルンハルト・ファン・リッペ=ビーステルフェルト(Bernhard van Lippe-Biesterfeld, 1911年6月29日 - 2004年12月1日)は、オランダ女王ユリアナ女王の王配(夫君)。リッペ=ビーステルフェルト公。現女王ベアトリクスの父。
リッペ=ビーステルフェルト公ベルンハルト(同名)の息子でリッペ侯国最後の君主レオポルト4世の甥。ローザンヌ大学やベルリン大学で学ぶ。ナチス・ドイツを嫌い、フランス企業に勤務していた頃、ユリアナ王女と出会う。
1937年結婚。1940年5月、ドイツの突然の侵攻によりオランダは5日で降伏、王室と政府はロンドンへ亡命した。王位継承者ユリアナ王女は長女ベアトリクスと次女イレーネを連れてより安全なカナダへ、伯母のカナダ総督夫人を頼って避難した。女王とベルンハルトはイギリスにとどまり、彼はオランダ主任連絡将校、イギリス陸軍省オランダ使節団長など、オランダ軍の最高司令官となり、ドイツへの抵抗の旗印となった。
1944年帰国。祖国を解放した女王一家を、国民は大喝采で迎えた。国際ロータリーや世界自然保護基金の設立に関わり、1961年には後者の初代総裁となった。
1970年代、ロッキード事件の際、オランダ空軍の空軍機購入に関係し賄賂をもらっていたことが明るみに出るが、王族ということで追求を逃れた。ユリアナ女王と結婚する前に働いていた企業が、兵器を扱っていたこともあり、「死の商人」としての暗い側面を指摘する声がある。
2004年のユリアナ前女王死去後、1950年代と1960年代にベルンハルトが別の女性との間に2女をもうけていたことを、王室が公表した。ユリアナも存在を承知していたという。
2004年12月1日、ユトレヒトの病院で、癌で死去。