三島川之江港
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
三島川之江港(みしまかわのえこう)は、愛媛県の東部、香川県との県境近くに位置する重要港湾。港湾管理者は愛媛県。大型の貨物船が入出港する工業港である。
もともとは、三島港と川之江港の2つの港であった。本港の背後圏である宇摩地域は、1964年(昭和39年)に他の近隣市町村とともに東予新産業都市に指定され、積極的な工業化が図られてきたが、製紙産業の発展と共に、大型のチップ船が入港するようになり、また紙製品の積み出しが行なわれるなど、港湾荷役も活況を呈した。次第に船舶も大型化し、量的にも質的にも港湾施設設備不足が顕著になってきたため、三島港と川之江港の両港を一体として整備し一層の発展を図る必要が生じ、昭和45年8月に合併し、三島川之江港となった。その後昭和46年4月に重要港湾となる。
臨海部の工場群は港湾に面し、チップ・古紙等の製紙原料や石炭等の燃料の陸揚げ、また紙製品の積み出しが円滑に行えることから、高い生産性を誇り、本港は四国中央市を全国有数の製紙産業の集積地の地位へと押し上げる原動力ともなった。
この反面、入港船舶の大型化にともない、岸壁が手狭になり滞船が発生することもあり、また船舶の取り回しに支障を来たしていることもあり、金子地区の開発・臨海土地造成とともに、防波堤を付け替える等の事業が進められている。本港は、製紙スラッジの最終処分場の確保の必要性から、臨海埋め立て、土地造成を繰り返してきた歴史を持ち、またそれが企業の用地需要に応えることになってきた。
一方、過去において水質汚濁や悪臭など公害もみられ、環境との調和が今後も課題となっている。
目次 |
[編集] 三島港
三島港(村松地区、金子地区)は、もともとは漁村であったが、江戸時代初期より商業港として、また海路連結の要衝として栄えるようになった。大正15年から6年間にわたって実施された三島港修築工事により、港内面積の拡大及び港湾施設の整備が進められ、昭和5年には指定港となった。戦後、製紙工業の急速な発達により伊予三島市(現在の四国中央市)は、四国中央部における重要な商工業地となり、都市の発展と共に港の利用度が増大したため、昭和28年、港を県に移管し、各種の施設整備を進めた。
[編集] 川之江港
川之江港(川之江地区、大江地区)は、自然の良港として古くから開け、江戸時代には土佐藩主の参勤交代の乗船地となるなど、四国中央部の交通の要衝としての歴史を有している。昭和5年に県の指定港湾となり、その後港勢の進展により港湾施設は拡張を続けている。
[編集] 旅客航路
2006年現在、旅客定期航路は存在しない(含むカーフェリー)。一時期川之江港からバンパックフェリーが運航されていたことがある。 → 川之江港を参照のこと。