伊号第三七潜水艦
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伊号第三七潜水艦は大日本帝国海軍の伊一五型潜水艦の一隻。第四次海軍補充計画によって建造が決定され、呉の海軍工廠で起工。1943年3月10日に竣工した。太平洋戦争で戦没。
就役後6月8日からインド洋において通商破壊任務に従事し、輸送船やタンカーなど7隻を撃沈している。この際、撃沈した船の乗務員に対して銃撃を行っている。1944年に入って機雷に接触して損傷を負ったため、修理のため活動を休止した。その後、回天作戦を行うことになる。パラオ周辺海域で艦船を攻撃する任務を得るが、1944年11月8日の通信を最後に、11月19日、パラオ本島北方でアメリカ海軍ジョン・C・バトラー級護衛駆逐艦「コンクリン(Conklin)」・「マッコイ・レイノルズ(McCoy Reynolds)」の攻撃を受け沈没する。1945年3月10日、戦没認定され除籍。