住居侵入罪
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住居侵入罪 (じゅうきょしんにゅうざい) は、刑法130条前段に規定される罪(同条後段には不退去罪が規定されている)。2004年以降は建造物侵入罪と呼ばれることもある。「住居不法侵入」と言われることもあるが、講学上、「住居不法侵入罪」という語は用いられない。
目次 |
[編集] 概説
住居侵入罪は、正当な理由がないのに、人の住居など(人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船)に侵入した場合に成立する。法定刑は3年以下の懲役または10万円以下の罰金である。未遂も処罰される。
保護法益や構成要件の解釈をめぐっては争いが多い。構成要件該当性や違法性を認定するにあたっては、住居権者の意思や侵害者(とされる者)の行為態様の考慮、さらに両者の基本的人権の比較考量などをするべきか、するとしてもどのようにすべきかが問題になり、本罪の成立の限界は常に不明確であることに留意する必要がある。 例えば、万引き(窃盗)目的で開店中のデパートに正面玄関から入店することが建造物侵入にあたるかどうか、といった場面で問題となる。
なお、かつては皇居等侵入罪の規定が刑法131条に存在したが、1947年に削除されており、現在は住居侵入罪で処断される。
[編集] 保護法益
住居侵入罪の保護法益については、これを居住権とする説と、住居の事実上の平穏であるとする説とがある。
ここでいう「住居権」の内容は、様々である。戦前の判例は家制度を前提とし、家長に帰属する住居権を保護法益とする立場に立っていた。これを旧住居権説と言うが、戦後この見解は廃れた。その後、学説では住居の平穏が保護法益であるとの立場(平穏説)が有力化した。また、住居権の内容を『他人を住居に立ち入らせるかどうかの自由(許諾権)』と再構成した上で住居権を保護法益と解する学説(新住居権説)も主張された。
戦後の下級審裁判例では平穏説に親和的な判決が多数出現し、最高裁判決においても、傍論ではあるが平穏説に立つことを明言し、あるいは、平穏説に立つと見られるものが現れた(最判昭和51年3月4日刑集30巻2号79頁)。しかし、「侵入」の意義に関して、これを「他人の看取する建造物等に管理者の意思に反して立ち入ることをいう」とした最高裁判決(最判昭和58年4月8日刑集37巻3号215頁)が登場して以来、判例は新住居権説に立っていると理解されている。
住居侵入罪によって結果的にプライバシーが保護されることはあるが、プライバシー侵害を理由として処罰されるわけではない。保護法益あるいは「侵入」の意義を検討するに際してプライバシーに言及する学説も多いが、プライバシーを住居侵入罪の保護法益と考えているわけではない。
[編集] 客体
「どこへ」侵入することが住居侵入罪となるのか。これが「客体」の問題である。住居侵入罪の客体、すなわち、本罪において侵入が禁止される場所として刑法130条に規定されているのは、「人の住居」のほか、人の看守する「邸宅」、「建造物」、又は「艦船」である。このうち、「住居」と「邸宅」に何が含まれるのかについて特に争いがある。
[編集] 人の住居
「住居」は、人が起臥寝食(きがしんしょく)のために日常的に使用する場所、と定義される。これに対し、人が日常生活を営むために使用する場所であれば「住居」と言ってよいとする反対説もある。両者の対立は、会社の事務所、大学の研究室、店舗などが「住居」に含まれるか否かという形で具体化する。前者の立場に拠ればこれらは「住居」ではないことになるが、「建造物」には該当するため、住居侵入罪が成立しなくなるわけではない。
「住居」と言えるかどうかがしばしば問題となるものとして、マンションの共用部分(階段、通路等)がある。マンションの各個室が「住居」であることについて異論は見られない。共用部分については、これを「住居」と見る見解と、「邸宅」に含まれるに過ぎないとする見解とがある。もし共用部分を「邸宅」に過ぎないとするのであれば、「人の看守する」共用部分への侵入のみが住居侵入罪を構成することとなる。裁判例は、「住居」ではなく「邸宅」であるとする傾向にある。ただし、学説においては「住居」の共用部分は「住居」に含めるべきとの立場もあり、また、下級審裁判例の中にも「住居」とするものが少なくない。いずれにせよ、誰でも出入りできる共用部分であるからと言って、直ちに住居侵入罪が成立しないとされているわけではない。
なお、「人の」住居となっていることから、他人の住居への侵入のみが本罪を構成する。その他人が不法占拠者であっても構わないとされる。
[編集] 邸宅・建造物
「人の看守する邸宅」への侵入も住居侵入罪を構成する。
「人の看守する」とは、人による事実上の管理・支配を意味する(最判昭和59年12月18日刑集38巻12号3026頁)。鍵も囲いもなく放置されている場合には「人の看守」がないとされ、そこへの侵入が住居侵入罪とはならない場合がある。
なお、住居に付属した敷地(庭など)は「邸宅」として、そこへの侵入も住居侵入罪となる。また、建造物に付属した敷地は、建物に接続して障壁等で囲まれている囲繞地(いにょうち)であると認められる場合には、建造物の一部として扱われ、そこへの侵入が住居侵入罪を構成する(最大判昭和25年9月27日刑集4巻9号1783頁。囲繞地の定義につき、最判昭和51年3月4日刑集30巻2号79頁)。そのため、建物に侵入していなくても壁を乗り越えて中庭等へ侵入した時点で、住居侵入罪の既遂となる(未遂にとどまるのではない)。
[編集] 艦船
刑法130条にいう「艦船」とは、人が居住し得る程度の大きさのある軍艦および船舶のことを言う。公園の池などにあるボートやカヌーは「艦船」ではないということになる。
[編集] 「侵入」の意義
[編集] 意思侵害説と平穏侵害説
どのような立入りを「侵入」とするのか、住居侵入罪の保護法益とも関係して、見解が対立している。
まず、住居権者・管理者の意思に反する立入りを「侵入」であるとする立場(意思侵害説)がある。これは通常、住居侵入罪の保護法益を住居権と解する立場からの帰結であると言われる。他方、住居の平穏を害する立入りが「侵入」であるとする立場(平穏侵害説)があり、これは住居侵入罪の保護法益を住居の平穏と解する立場からの帰結であるとされている。
両説の違いが生じる典型事例は、住居の住人(住居権者)又は建造物等の管理者が立入りを禁止している場合に、平穏を害さないよう静かに立ち入ったときである。管理者等の意思に反した立ち入りをもって「侵入」と解する立場によれば、住居侵入罪が成立しうる。他方、平穏を害するような立入りをもって「侵入」とする立場によれば、こうした立入り行為は「侵入」といえず、住居侵入罪は成立しないことになる。
判例は、住居権者等の意思に反する立入りをもって「侵入」と解している(最判昭和58年4月8日刑集37巻3号215頁)。このことをもって判例は、住居侵入罪の保護法益を住居権と考える立場に立っているとされている。
最高裁判決において「侵入」が肯定された事例でしばしば参照されるものとしては、以下のようなものがある。
- 全逓信労働組合が郵便局内へ立入り、ビラ1000枚を貼付した事例
- 税務署庁舎内にセメント袋に入れた人糞を投げ込むため、夜間に、人が自由に通行できる税務署構内へ立ち入った事例
- 強盗の目的を隠しつつ「今晩は」と声をかけ家人が「おはいり」と応じた後に住居へ立ち入った事例
[編集] 問題となる事例
しばしば問題となる事例として、以下のようなものがある。
- 誰でも立ち入れる場所への立入りが「侵入」に当たるか。
- 違法な目的での立入りが「侵入」となるか。
- 住居権者の一部が許諾する場合でも他の住居権者が反対している場合には「侵入」となるか。
1は、誰でも立ち入れる場所への立入りが「侵入」に当たるか否かという問題である。窃盗の目的で営業時間中のデパートへ立ち入る行為、ビラ・チラシを配るために「ビラお断り」という掲示がされているマンションの共用部分(通路・階段など)へ立ち入る行為などである。
管理者の意思に反する立入りを「侵入」であるとするならばどちらも「侵入」に該当するとされそうである。実際、裁判例にはそうした傾向がある。しかし学説の多くは、その種の立入りについては管理者の包括的な承諾があるとか、立入りに対する承諾が推定できるとして、「侵入」には該当しないとするものが多い。また、住居の平穏を害する立入りが「侵入」であるとする立場によれば、平穏が害されていない以上、「侵入」には該当しないということになる。
[編集] 未遂処罰
住居侵入罪は未遂も処罰される(刑法132条)。例えば、他人の家の塀を乗り越えようとした時点で、住居侵入罪の未遂となる。
[編集] 不退去罪との関係
たとえ立入り行為が「侵入」ではないなどとして住居侵入罪の成立が否定されたとしても、管理者等から退去するよう要求されてこれに応じない場合には不退去罪が成立する。住居侵入罪と不退去罪とどちらの犯罪成立要件とも満たす場合には、住居侵入罪のみを成立させるのが判例の立場である。
[編集] 他の犯罪との関係
例えば窃盗目的で人の家に忍び込んだ場合には、窃盗罪と住居侵入罪の2罪が成立し、両罪は手段と目的の関係にあるといえるため牽連犯(刑法54条1項後段)となり、科刑上一罪として最も重い罪の法定刑の範囲で処罰される。窃盗罪のほかにも、強盗罪、放火罪、強姦罪、殺人罪などが牽連犯の関係にあるとされる。
[編集] 表現の自由との関係
立川反戦ビラ配布事件や葛飾政党ビラ配布事件など、政治団体や政党の活動の一環としてビラやチラシの配布を行うために、住民の了解なく、もしくは住民から立入らないよう求められている部外者が住居(共用部分)に立ち入る行為が住居侵入罪となるかどうかが争われる事例が生じている。
そこでは、まず、物理的には常時誰でも立ち入ることができる場所に立ち入ったに過ぎず、住居侵入罪の客体である「住居」等への侵入に該当しないのではないか、という議論がなされている。
また、平穏を害しないような態様で立ち入ったに過ぎず、立入りの目的も憲法21条によって保護された表現の自由の範疇に属する行為であるため、「侵入」に該当しないのではないか、「正当な理由」に基づく立入りであって処罰すべきではないのではないか(可罰的違法性の問題)、といった議論がある。そこでは、宅配ピザなどの商業用のビラを配布する行為とは異なり、上記のような政治的なビラを配布する行為は表現の自由の中でも特に尊重すべきであり、居住者のプライバシー権を超越すると言う意見もある。
また、逮捕・起訴された者が配布していたビラは反戦運動や共産党その他左翼団体の政治活動として配布されているものであり、一方で、商業的なビラの配布行為が住居侵入罪を構成するとして逮捕・起訴されたことがない(少なくとも社会的に大きな問題として取り扱われてはいない)ということに基づく不満も背景にある。
裁判例でも有罪とするものと無罪とするものとが混在しており、それぞれの理由も異なっている。
[編集] 関連項目
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