同定
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同定(どうてい)とは、ある対象について、そのものにかかわる既存の分類のなかからそれの帰属先をさがす行為である。分野によって様々な使い方がある。
- 生物の分類について同定と言えば、種名を調べる行為を指す。
- 化学の分野で同定とは、対象としている物質の種類を決定する行為を指す。→分析化学
- 制御工学の分野で同定とは、対象としている系の数理モデルを決定する行為を指し、システム同定とも呼ばれる。→制御理論
生物の分類においての同定(どうてい)とは、生物の種名を調べる作業のことである。
[編集] 種名を決めること
生物の名を調べる事を同定という。目の前の生物個体が、既存のどの分類群に当たるかを判断することで出来れば種名までたどり着くことを目標とするのが普通である。往々にして鑑定という言葉が使われるが、この言葉には価値判断、値踏みという色合いがあって、ふさわしくない。
生物の種は、新種記載と認められる形式で出版された論文によって報告されることで認められ、必要に応じて、その後の学者によって名称やその範囲の変更を受ける。上位分類群についても、ほぼそのような手続きが行われる。それらはすべて、学術雑誌や専門書の出版を通じて行われる。したがって、目の前の標本が、これまでに記載された中のどの種に当たるのか、あるいはどれにも当たらないかを判断するためには、その分野について、発表された情報の全体にわたって十分な知識を持っていなければならない。具体的には、既知の全種の原記載論文と、その後の扱いの変更に関する論文すべてである。そのようなことは、その分野の高度な専門家でなければ無理なのであるが、新種を記載しようなどという専門家の場合、これはほぼ必須の情報である。
しかし、そうでないレベルの研究者から一般人にかけての層にはこれは無理であるから、普通は、そのような専門家の手になる、一般向けの図鑑等に頼ることになる。
[編集] 図鑑を使う
図鑑は、ある範疇の生物を網羅的に、図や写真と文章で説明したものである。現在の日本では、初歩的なものから専門的なものまで、さまざまな程度のものが、特に高等生物については、ほぼ網羅されている程度には出版されている。中でも、高等植物については選択に困るほど出ている。
図鑑には、子供向けのもの、一般向けのものから、研究者を対象とするものまで様々なレベルのものがある。
掲載する生物を、分類体系の順に配列されたものや、生息環境、季節などによって配置されるものなどがある。分類体系順に配置されている方が、上位分類に見通しがきき、近縁種との比較もできるので、同定に正確を求めるには向いている。それ以外の配置も、全体の見通しがきかない人が使う場合場合や、地域や環境が特定できる場合には、目指す種を探しやすくて有用なこともある。
図版は、白黒線画、カラー図版、写真の順で、後者ほど直観的に感じをつかみ易く、前者ほど細部の構造が分かりやすい。最近はカラー写真の図鑑が多いが、正確な同定には、どうしても白黒線画の必要な局面がある。正確な同定が必要な場合、そのような図のあるものがよい。
文章は、それぞれの種の説明と、もしあれば、上位分類群ごとに、それぞれの特徴が説明されている。理論的には、例えばある目についての図鑑で、種名を調べたいなら、どの科に属するかを調べ、そのためにはそれぞれの科の説明を読み、次にその中のどの属に…と進む訳だが、実際にはそんなことはしていられない。上位分類群になるほど、その区別が、一見瑣末な特徴で規定され、しかも例外が多く、初心者がうまく正解にたどり着くのは困難である。そして、ある程度見通しがつくようになれば、すぐに分類群を絞り込むことができるから、やはりそういう手順は踏まない。
多くの場合、並んでいる図を見回し、それらしいものを捜し当てる方法が使われる。これを一般に「絵合わせ」という。正確さを帰すためには、文による記述と照らし合わせる必要がある。ただし、図鑑に載っている種は、存在する種の全部ではあり得ないことを知っていなければならない。種を決定するには、文章や図による説明が、その仲間に共通の特徴であるのか、種を判別するのに使える特徴であるのかを区別することが大事である。
[編集] 検索表
それぞれの分類群の記載文を読み比べて所属を決めるのはやっかいな作業である。これをやや自動化するために作られるのが検索表である。検索表は、具体的な特徴を取り出し、それに当てはまるかどうかで答えを選んで行けば、自動的に1つの答えに行き着くように作られている。例えば、田んぼから魚を一匹取ってきたとする。そして、ちょうど手元に田んぼにいる魚の検索表があったとする。そこで、それを使ってこの魚の名前を調べる。最初の文は、例えば次のようになっている。
- A1:口元に髭がある→B
- A2:口元に髭がない→D
その魚に髭がなければDへ進む。すると、次にこんな文がある。
-
- D1:大きくても3cmを越えない→メダカ
- D2:大きいものは3cmを越える→E
- D1:大きくても3cmを越えない→メダカ
3cm以下の魚であれば、ひとまずはメダカだと判断できる訳である。ただし、この場合、目の前の魚が3cm以上に成長しないということが分かっていなければならない。このことからも分かるように、検索表は、限られた特徴を使って絞り込むために、どうしても間違いがはいる可能性がある。また、どこか1カ所で判断違いをすれば、それが早い段階であればあるほど、正解から遠くへ飛ばされてしまう。先の例で言えば、たまたま手にしたのが髭を虫に食われたドジョウであれば、A2→Dと進んで、正解にたどり着けなくなる。
したがって、検索表でたどり着いた結果は、それぞれの種の説明と突き合わせて確認する必要がある。
上記のように、一般的な検索表では、最初の方で間違った選択をすると、全く掛け離れた結論にたどり着きがちである。この問題を解決するために、様々な工夫も試みられているが、それぞれに一長一短というところである。
検索表の構成の方法として、大きく二つのやり方がある。
- 一つは、まず上位の分類群にわけ、次第に下位の分類群へと仕分けて行くやり方である。例えばたんぼの動物であれば、まず動物門に分けるための文を置いて、それによって門への仕分けを行い、次にそれぞれの門のものを綱に分け、という風に進める。たとえば田んぼの動物の検索表を、内骨格があれば脊椎動物だ、体節があれば環形動物か節足動物だし、頭部に外骨格があれば節足動物だ、環形動物で前後に吸盤があればヒル綱だ、と進める。このやり方は、分類体系への見通しがきくのが利点であるが、たいていの場合、上位分類群をまとめる特徴には例外が多いので、注釈が多くなったり、正解にたどり着くのが困難になる場合が多い。
- もう一つは、とにかく区別しやすいことを目的として、分類体系のうえでは重要でなくともはっきり区別できる特徴をもって仕分けて行くやり方である。先の例で行けば、まず殻がありますか?殻があれば貝かカイミジンコか、それとも何かの卵です、という風に進めるものである。
この方法は、正解にたどり着きやすい一方で、分類群の基本的特徴を無視するために、場合によっては頓珍漢な答えにたどり着く。
検索表は、特に上位分類群のそれは、専門用語がどうしても多くなり、極めて扱いづらい場合がある。口の悪い人には、「知らない人には使えないし、知ってる人は使う必要がない」などと言われる。