手仕事屋きち兵衛
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手仕事屋 きち兵衛(てしごとや きちべい 1949年12月31日 - )は、長野県松本市出身の歌手・彫刻家・作詞家・作曲家・エッセイスト。
はじめ、音楽の道を志し、音楽大学進学を目指すも、さまざまな事情で進学を断念。しかし、音楽の道を諦めることはなく、木彫刻を生業としながら(20歳代で、長野県主催の工芸展に於いて奨励賞を受賞している。)作詞・作曲を行い、放送局等に投稿する。 昭和61年、自らが作詞・作曲した「ねがい星」、「雨」等が、NHKの新ラジオ歌謡に採用され、音楽作家としてデビュー。次いで、自身が歌う「わすれ雪」で歌手としてもデビューする。以降、テレビドラマの主題歌や学校の効果の作詞・作曲を手掛け、平成4年には、渡米し、サンフランシスコ市主催のコンサートに「日本の心を歌う歌手」として招待され、賞賛を受ける。しかし、家庭の事情で、音楽活動を一時休止し、本業の木彫刻業に専念する。
平成11年、子供達が自立したことを契機に、長年住んでいた故郷である松本を離れて、安曇野に移り、音楽活動を再開。近年では、本業の木彫刻、音楽活動の他に、ラジオの人生相談番組にレギュラー出演している。
名前の「手仕事屋きち兵衛」は、本来は、きち兵衛が夫人と経営している店の名前であった。その由来は当人が少年時代、物事にのめり込み易く、さらに他の事が見えなくなってしまう性格であったことから、友人達から「気違い」という意味で、「きち」、「きち」と呼ばれていたこと、そう呼ばれていた当人もこれを気に入っており、それを店の名前、そして芸名として使ったということである。
[編集] 主な楽曲
- わすれ雪
- ねがい星
- 眠れ私の恋
- 雨
- 光る風
- 安曇野
- さよなら恋唄(ワルツ)
- 生きている悲しみ
- 出会い
- 印象派
- 秋の日