日出城
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日出城(ひじじょう)は、現在の大分県速見郡日出町にあった城郭。江戸時代は日出藩の藩庁となった。
[編集] 概要
もともとは1602年に日出藩の初代藩主木下延俊が義兄であった細川忠興の支援を受けて築城した。そのため小藩には似合わないほどの完成度の高い実戦的な堅固な平山城であったとされる。
別名「暘谷城」と呼ばれ、三代藩主木下俊長が 中国の古書、淮南子から引用して名づけたと伝わっている。
1874年明治7年に廃藩置県に伴い取り壊されたが、石垣が現存し、鬼門櫓・隅櫓・御裏門が部分的に移築されて現存している。なお、現在は本丸跡が日出町立日出小学校の敷地に利用されている。
また、名水の湧く地としても名高く、城の下に広がる別府湾では海中から清水が湧いており、「城下かれい」と呼ばれるマコガレイが生息している。江戸時代から珍重され、将軍に生きたまま莫大な金額をかけて献上していたほどである。現在も特産物として有名である。
[編集] 関連項目
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