暗室
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暗室(あんしつ)とは、フィルムや印画紙の現像などのために、光を完全に遮断して完全暗黒を作り出すことのできる作業室を言う。(電波の進入、流出を防ぐ電波暗室はまったく違うものである。)現像室とも言う。
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[編集] 写真現像用暗室
フィルムや印画紙の現像に用いるための部屋である。 写真現像用の暗室には通常、現像器具や引き伸ばし機や流しが設置されている。露光を防ぐため、窓やドア部分の遮光には遮光カーテン(暗幕)を用いる。また、化学薬品を取り扱うため、換気扇を必要とするが、一般家庭用の換気扇では光が入ってきてしまうため、暗室用に作られた特殊な換気扇を用いる。
現像作業をする時には印画紙が感光しないようにセーフライトや暗室用電球などを灯して作業をする。
全暗もしくはセーフライトの灯りが必要なのは、フィルムから印画紙への焼き付けの際であり、フィルムの現像だけに限っていえば、それほど大規模な設備は必要ない。フィルムを扱う際に全暗が必要な100ftフィルムのパトローネへの装填、現像タンクへの装填などのケースでは、ダークバッグと呼ばれる持ち運び可能で全暗を作ることができるものが使われることもある。 しかしながら暗室には流しなどの水回りが整えられていることが多く、また台所で扱うには抵抗がある薬品類なども使用することから、フィルム現像に関しても暗室を使用することが理想的である。
以上が写真の「現像処理」の観点から見た暗室の定義であるが、写真による作品制作を生業とする写真家にとっては、作品を生み出すためのアトリエということもできる。土門拳や奈良原一高など後述する押入れ暗室から始めた著名な写真家も多い。
近年、デジタルカメラでの撮影が一般的になってくるに伴い、フィルムなどの感材をはじめ暗室で用いる機材なども売り上げの低迷が続いており、特に作品制作に用いるファインプリント制作のための機材などは製造している企業が採算を度外視して製造しているケースもあるものと思われる。
[編集] 専用の暗室
暗室専用として設計された部屋には以下のような設備が整えられている。
- 流し
現像機器やフィルム、印画紙の水洗に用いる。ステンレスなどの金属製の流しは、薬品などによる腐食があることから塩化ビニル樹脂などで作られている場合もある。 また、印画紙の水洗に便利なように水位を調整できるようになっていることがある。バライタ印画紙などの水洗には専用の水洗装置が設置されることもある。
- 給水・浄水設備
現像には一定温度の温水が必要になることから、冷水・温水を供給するための設備が設置される。 また水道水中に含まれる塩素などの不純物がフィルムや印画紙に悪影響を及ぼすことからこれらを取り除くための浄水設備が設置されることがある。
- 廃液保存設備
設備というほど大がかりではないが、使用後の現像液などを保存するための容器が置いてあることがある。一定量集まった廃液は、廃液処理業者に処分を依頼する。アマチュアカメラマンで廃液処理を業者に依頼しているケースは多くないと思われるが、写真の現像に用いる薬品類(特にカラープリントやプラチナプリントなど)は環境に対して有害なものも多く、こうすることが理想である。その際には銀を含む溶液と含まない溶液は分けて処理を依頼する必要がある。
- 遮光設備
印画紙への露光を避けるために窓やドアの部分が遮光カーテン(暗幕)などで遮光されている。ドアの部分は、複数人で作業する際などに便利なように二重になっている場合がある。壁面の色は、長時間の露光の際に光が乱反射しないように黒く塗られていることがある。またセーフライトや暗室用電球などが設置されている。
- 換気扇
化学薬品を取り扱うため、換気扇を必要とするが、一般家庭用の換気扇では光が入ってきてしまうため、暗室用に作られた特殊な換気扇を用いる。
- 乾燥設備
現像後のフィルムや印画紙を乾燥させるために、フィルムドライヤー、印画紙ドライヤー、乾燥棚などが設置される。
- フィルム・印画紙の水洗装置
水洗は特別な道具を用いなくても、フィルムであれば現像タンクに水を注ぐことにより、また印画紙であれば印画紙現像用のバットを用いて水洗を行うことは可能である。より効率よく効果的な水洗を行うために、フィルムウォッシャーやプリントウォッシャーなどが設置されていることがある。特にバライタ紙のアーカイバル処理(長期保存処理)には有効である。
- 自動現像装置
作業を迅速に進めるため自動現像装置が設置される場合がある。特にカラー印画紙の現像の際には温度の管理をシビアにする必要があることから、これらが使用されることが多い。
- 大伸ばし用壁面投影スペース
一般的な引き伸ばし機は全紙以上などのサイズに引き伸ばす場合、ヘッドの部分を横に90度回転させて壁面投影が可能なように設計されている。 それらのサイズへの引き伸ばしをすることが多い場合、壁面を大きく開け、投影用のスペースを確保していることがある。この場合、イーゼルマスクが使用できないことから壁面にテープやペンなどで印画紙を設置する場所のアタリをつけて使用する。
- プリントレタッチ用の道具
プリントした印画紙にはフィルムに付着していたホコリや現像処理の際に付いた傷が映り込むことがある。これらを修正するためのレタッチ用の筆や、 レタッチ用の染料などが置かれることがある。
[編集] 日本における一般的な暗室
理想的な暗室の設置場所としては地下室や、屋根裏部屋、庭にある離れなどが上げられる。しかしながら日本の住宅事情を考えると、プロカメラマンや業者などを除いた個人がそのような本格的な部屋を準備することは難しく、以下のような「押入れ暗室」や「お座敷暗室」を暗室として使用していることが多い。なお、以下は明確な定義があるわけではなく俗語である。
- 押入れ暗室
文字通り、押入れの中に引き伸ばし機や現像バットなどを設置し、襖を閉め、遮光した上で暗室とするものである。 薬品がこぼれた際に、押入れの床が変色する、押入れ内部に熱気がこもるなどのデメリットがあるが、日本に古くからある木造の住宅では一番設置が簡単である。
- お座敷暗室
和室の畳の上に引き伸ばし機や現像バットなどを設置し、雨戸を閉めて遮光した上で暗室とするもの。
- 台所暗室
台所を暗室として使用するものである。水回りが整っているが、食料品を扱う場所で薬品を扱うこととなり、注意が必要である。
- お風呂場暗室
風呂場を暗室として使用するものである。水回りの設備が整っている、薬品をこぼしても部屋ごと丸洗いできる、ホコリが少なくフィルムの乾燥などに最適であるなどのメリットがあり、またワンルームマンションなどでは実現しやすい。
一部メーカーから畳1畳から2畳分程度の広さの組み立て式の暗室が発売されている。これはパイプなどで骨組みを組んだ上で、それに暗幕などを張ることにより、暗室とするものである。
[編集] 暗室にまつわる話
報道写真家として有名なロバート・キャパが従軍カメラマンとして1944年のノルマンディー上陸作戦を取材した際、撮影した数本のフィルムを助手が現像する際、興奮のあまり乾燥に失敗し、フィルムのエマルジョンを溶かしてしまった。残った焼き付け可能なコマは数枚であったが、これらがこの上陸作戦を取材した写真として有名である。