暗黙知
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暗黙知(あんもくち)とは、経験や勘に基づく知識のことで、言葉などで表現が難しいもの。ハンガリーの哲学者マイケル・ポランニー(Michael Polanyi)によって1966年に提示された概念。これに対する概念は「形式知」。
たとえば自転車に乗る場合、人は一度乗り方を覚えると年月を経ても乗り方を忘れない。自転車を乗りこなすには数々の難しい技術があるのにも関わらずである。そして、その乗りかたを人に言葉で説明するのは困難である。 (例えば、自転車を右に旋回させる場合、ハンドルを左に切る必要がある。また、右旋回から直進状態に戻すためにハンドルを右に切る必要がある。勿論、歩く程度の速度の場合は曲がりたい方向にハンドルを切る必要がある。このことを殆どの人は意識していない。(また、必要な舵角も速度、自転車のジオメトリー、運転者の体重、路面状況により変化している。))
つまり、人は暗黙のうちに言葉にはできないが身体を制御する知、自転車を制御する知がある。それを暗黙知と名付けたのである。
日本において広く紹介した野中郁次郎によると、暗黙知を上記で示した技術的次元とは別に認知的次元を含めた2つの次元に分類した。またポランニーはしばしばこの認知的次元を強調する。
ポランニーは、1966年の著作において、「暗黙知という行為においては、あるものへと注目する(attend to)ため、ほかのあるものから注目する(attend from),(翻訳:P24)」と表現し、「あるもの」は、それぞれ遠隔的項目、近接的項目として呼んだ。そして、「我々が語ることができない知識をもつというときには、それは近接的項目についての知識を意味している(同:P24)」としている。
準拠枠(frame of reference)等、関連する研究はあるが、暗黙知の認知的次元を経営学・社会学的に理論化する試みは、未だ発展途上の段階にある。
[編集] 経営組織論における暗黙知
従来の日本企業には、職員が有するコツやカンなどの「暗黙知」が組織内で代々受け継がれていく企業風土(企業文化)を有していた。そうした暗黙知の共有・継承が日本企業の「強み」でもあった。しかし、企業合併や事業統合、事業譲渡、人員削減など経営環境は激しく変化している。加えて、マンパワーも、派遣労働の常態化、短時間労働者の増加と早期戦力化の必要性などの雇用慣行の変化により、同一の企業文化の中で育った、ほぼ均等な能力を持つ職員が継承していくといった前提は崩れつつある。このため、現場任せで自然継承を待つだけでなく、「形式知」化していくことが必要とされる。その方法として、文章、図表、マニュアルなどがある。
こうした「形式知」化はナレッジマネジメントの目的の一つとしている。ただ、形式知化しようとすると、漠然とした表現かつ膨大な文書量となりがちである。また、当人が意識していない部分も含むことから、一般に形式知化は困難とされていた。しかしながら、情報システムはそうした形式知化と共有化に貢献しうるのではないかとされている。
[編集] 参考文献
- マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』ちくま学芸文庫 ISBN 4480088164
- 栗本慎一郎『意味と生命 - 暗黙知から生命の量子論へ』青土社 ISBN 4791750381
- 岡本史郎『成功はどこからやってくるのか?』フォレスト出版
- 野中郁次郎『知識創造企業』東洋経済新報社