東京都青年の家事件
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東京都青年の家事件とは、同性愛者の団体に対し、東京都が「青少年の健全な育成に悪い影響を与える」として宿泊施設「府中青年の家」の利用を拒絶した事に対する損害賠償訴訟である。この訴訟では東京都が同性愛者を宿泊拒否をした事由が秩序を乱すというものであったが、それに対し1審、2審とも「同性愛者同士による性的行為の有無」など実際の秩序を乱す危険性がある証拠があったわけでもなく、ただ同性愛者であることのみで拒否しているとして、地方自治法が禁じる正当な理由無く不当な差別的扱いによって公共施設の利用を拒否したとして損害賠償の請求を容認したものである。
[編集] 事件の概略
同性愛者相互のネットワークと同性愛に対する偏見の解消と正確な知識を目的とした団体(団体名は匿名とする)が東京都にある府中青年の家への利用を1989年12月4日に電話にて申し込んだ。1990年2月11日から1泊の予定で利用するものであったが、当日は団体のほかに少年サッカークラブ、女性合唱団、青年キリスト教団体が利用していた。
当日の夕方に青年の家の職員臨席で宿泊団体のリーダー会で、団体が同性愛者の人権を考える団体であると紹介したところ、団体のメンバーが入浴しているのを少年サッカーの小学生が覗き見をしていたり、明らかに同性愛者を差別する言葉をメンバーが言われるなどの嫌がらせを受けた。そのため団体が差別事件であるとして臨時のリーダー会が翌日の午後3時に行われたが、残っていた青年キリスト教団体のリーダーが旧約聖書レビ記19章13節の文章(キリスト教で同性愛行為を禁忌とする根拠)を引用し、同性愛を認めないとする主張をしたため、話し合いが纏まる雰囲気ではなかった。
その後、団体が再度の利用を青年の家に申し込んだところ「青少年の健全な育成に悪い影響を与える者であるから」と利用を拒否され、東京都教育委員会も青年の家利用条例の「秩序を乱す恐れがあると認められる者」として今後の使用を認めない不承認処分を決定した。そのため団体は正当な理由によらない差別的な取り扱いであり人権侵害にあたるとして、青年の家が利用できなかったことによる損害賠償を求め提訴した。それに対し東京都は「男女別室ルール」を楯に、同性愛者同士が宿泊すれば同様の事を行うと反論した。そのため同性愛者同士が宿泊することが問題であるという主張であった。
[編集] 裁判の行方
東京都が裁判で利用拒否の事由として主張した「男女別室ルール」であるが、他の自治体の青年の家には男女同室も認めるところもあり、グループの自主性で部屋割りを任せている場合が多かった。そのため必ずしも男女別室が一般的な社会的規範とはいえるものでなかった。また、そもそも同性愛者が異性同士が同じ部屋で宿泊した場合と同様にに、性交渉など風紀を乱す行動を取ると主張すること自体が偏見に満ちたものであったといえる。
裁判では、アメリカ・サンフランシスコの同性愛者であることをカミングアウトした教育長が証言に立つなど支援活動も行われた。そのため1審の東京地方裁判所は1994年3月30日に東京都の処分は不当なものであったと認めた。それによれば同性愛は異常性欲の1つではなく異性愛と同様に人間の性的指向のひとつであるとして、「従来同性愛者は社会の偏見の中で孤立を強いられ、自分の性的指向について悩んだり、苦しんだりしてきた」と認定していた。
東京都は不服として東京高等裁判所に控訴したが、その控訴趣意書では、同性愛という性的指向を、性的自己決定能力を十分にもたない小学生や青少年に知らせ混乱をもたらすため、秩序を乱すことになるのが問題であるというものであった。しかしながら、この主張を裏付ける根拠は無かったうえに、偏見に満ちたものであっても批判されてもいたしかたないものであり、充分な反論にはなっていなかった。
そのため1審同様に2審も団体側に有利に進み1997年9月16日に東京高裁は「一般国民はともかくとして、都教育委員会を含む行政当局としては、その職務を行うについて、少数者である同性愛者をも視野に入れた、肌理の細かな配慮が必要であり、同性愛者の権利、利益を十分に擁護することが要請されているものというべきであって、無関心であったり知識がないということは公権力の行使に当たる者として許されないことである。」として、行政側の処分は同性愛者という社会的地位に対し怠慢による無理解から、不合理な差別的取り扱いをしており違憲違法であったとして全面的に団体の請求を認める判決を下した。一方で、この裁判を契機に同性愛に対する偏見とされた記述が解消される一因にもなった。