浅草博徒一代
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浅草博徒一代(あさくさばくと・いちだい)とは1989年2月に筑摩書房より刊行された佐賀純一の著作である。のち、「ちくま文庫」と「新潮社文庫」に収録される。
[編集] 佐賀と伊地知
茨城県土浦市在住の佐賀純一(1941~)は内科医の傍ら、主に郷土史をテーマにした著作を発表する作家である。1990年代に図書新聞社や筑摩書房から刊行された書籍は斯界において高い評価を得て、海外でも翻訳されている。
新潮社の文庫本に収録された菅野ヘッケルの解説によると佐賀が伊地知栄治(当時73歳)と出会ったのは1978年(昭和53)の冬とある。診察に訪れた老人が発する独特の雰囲気に興味を持った作者が誘いを受けて、男が妻と暮らす家へ3日に一度の割合で通い始めたのが交際の始まりである。炬燵を挟み翌年の春を迎え老人が死ぬまでの静かな時間に老人の渋いが良く通る声をテープレコーダーに録音した伊地知は、本人の没後も丁寧に歴史背景を掘り起こす作業を続け本作を完成させたとする。
[編集] 佐賀は何故、本を書いたのか
本書の構成は<<第一部>>から<<第四部>>の本章に前書き、後書きを挟んだ骨組みによる。導入部に続いて、第一部は15歳の「わたし」が悪縁に染まった契機から進められその後の人生の変転を淡々と辿り、最後に本人が佐賀に語らなかった秘密を婦人の口から伝えさせ物語は閉じている。
主人公の伊地知は1905年、宇都宮に生まれ15歳で叔父の家に下宿するが悪所に浸り川並人足の部屋で寝起きしているところを代地の百瀬梅太郎親分(百瀬博教の父)の取持ちで浅草のバクチ打ちである山本修三(出羽屋)の一家の見習いとなり、親子の盃をおろされて「博徒」となる。賭博や殺人で刑務所に入り滅多にお目にかかれないような奇っ怪な人物たちとも交際をしている彼は、思想・信条を持たずに自由主義で生きる「やくざ者」である。
そんな人生で会った人間達の、どうしようもない運命の嵐の中でもみくちゃにされながら身を切り刻まれる悲惨な運命を目撃し、土壇場に追い詰められた心の底から響いてくる「本当か、嘘か分からない」話を数十年後の佐賀に語っている。一人の博徒が見た、折り重なっていった「無名の人々の過去の記憶」が本作のテーマである。