無名の反逆者
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無名の反逆者(むめいのはんぎゃくしゃ)は、1989年6月4日に起こった六四天安門事件の直後、天安門広場に通ずる長安大街の路上で撮影された有名な映像に登場する男のこと。本名がわからないため、「無名の反逆者」(the Unknown Rebel)、「戦車男」(Tank Man) などのニックネームで呼ばれている。
事件翌日の6月5日、彼は天安門事件を鎮圧するために現れた59式戦車の車列の前に立ち、行く手を遮った。戦車は何度も彼を回避するために横に迂回しようとするが、その都度彼は戦車の前に立ちふさがり侵入を防いだ。しばらくそれを繰り返した後、戦車に乗りドライバーとなんらかの口論をしていた様子が、CNNやBBCのクルーによって撮影され、世界中に配信され一躍その姿を知らしめることになった。ビデオ映像は、心配した見物人(または私服警官という説もあるが不明)が彼を群衆の中に引き戻し、戦車が再び行進する場面で終わっている。映像のほかに、1km弱離れた北京飯店6階に宿泊していたAP通信のジェフ・ワイドナーによって400mmレンズを使用した写真(4台の戦車の前に男がたたずんでいる)、マグナム・フォト所属のスチュアート・フランクリンによる写真(ワイドナーの写真より広範囲が撮影され、さらに多くの戦車が後に続いている)が撮影され、世界の新聞に掲載された。
この印象的な映像や写真は何度も使われ、戦車の前に立って無言の抵抗をした彼は、西側諸国において中国の民主化運動の象徴的存在となった。1998年4月のタイム誌はこの人物を「20世紀最も影響力のあった人物100人」に選び、2003年に「ライフ」はスチュアートの写真を「世界を変えた写真100」に選んでいる。
なおこの映像に対し、「この衝撃的な映像には二人の無名の英雄がいる。それは戦車の前に立ちはだかった男と彼を轢かなかった戦車のドライバーだ」という意見がある。
イギリスの新聞サンデー・タイムズは事件直後、この人物について、名前はWang Weilin(王维林)で19歳の学生だと報じたが確たる証拠はなく、その後も生存説や死亡説が飛び交い、現在も彼の姓名、生死は不明である。事件後、1990年の記者会見で、アメリカのジャーナリスト、バーバラ・ウォルターズからの「中国の自由の象徴というべきあの男はどうなったのか?」という質問に対し、江沢民中国共産党総書記は「死んではいないと思うが…」と口を濁しただけにとどまった。
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